2016年1月21日木曜日

Quiet mind at Scandinave Spa

ユウジさんがScandinave Spaのギフトカードをくれたので、はじめて行ってきた。





 






















中には、
ユーカリの香りが充満するスチームサウナ
熱すぎない広いドライサウナ
広くて深いHot tubとCold bath
森の中にいる気分になる大きな窓のあるRest room

があった。

このスパの中では話しをしてはいけない。というのがここのルール。

素晴らしいルールだと思った。

頭の中は、雑踏やノイズで忙しい。
それを鎮めるというのは、意識しないと、たとえ意識したとしても難しい。

もし、この環境の中で話すことを許されていたら、
与えられているギフトをしっかりと受け取ることができなかっただろう。
現代人は、”頭をからっぽにする” ”リラックスする” ことが難しくなってしまった。

だから、意識して”リラックスしに”いく。
森が助けてくれる。
からっぽの頭のかわりに、じんわり語りだすのはハート。

Scandinave Spaは、瞑想しながらお風呂に浸かっているようなもの。

最高。

おかげで久しぶりにアルファー波全開で寝落ちしてしまった。


心に静けさを
体に癒しを

はあ〜気持ちよかった!

"If you can not find peace within yourself, you will never find it anywhere else "
                                                                                                                         Marvin Gaye

















2016年1月3日日曜日

神がかりな年始。

あけましておめでとうございます 2016

今年の元旦は、神主さんが泊まりにきてくれた年始でございました。

もちろん、通常年末年始はとても忙しいとのことで、元旦に神社以外のところにいるなんて16年ぶりだそうで、そんなレアなタイミングで我が家にきてくれてありがたい!
神社好きな私としては、いっぱい話を聞きたかったのだけど、話もそこそこに子供達としりとりをして終わってしまった〜 笑

近年、私自身カナダナイズドされていて、クリスマスには気合いが入るのだけど、元旦はさらっと過ごすようになってきていたので、元旦に日本の神様に想いを馳せることができてとっても気持ちよかった。 
日本の神様と繋がれたような気がして、背筋がシャンとのびました。








太陽とるなも、彼女にあって、”かみさまってほんとうにいるんだねえ。かみさまとお話できるなんてすごいねえ”と興味津々でした。

私の勝手な解釈かもしれないけれど、かみさまは、

”太陽であり、月であり、森であり、海であり、宇宙であり、森羅万物、この地球を生かし続けてくれている大いなる存在”

と理解しています。

実際、神社には原生林が残されていて、
自然の持つエネルギーと神職の方々のエネルギーがあわさって、
濃い氣(靈氣)に満ちている。
ヒラメキやシンクロも起こりやすい。

カナダには神道のような文化はないけれど、ファーストネーションの文化がそれに近いものがある。
彼らの教えでも、万物にスピリットが宿っていて、野生動物との調和された自然界に、人間も共存している存在だと考えています。

そういう意味合いで、スコーミッシュのThe Chief rockや、Shannon Fallsは、ここのファーストネーションの人達にはスピリチュアルな場所だと言われています。
わたしにとっても、The cheif rockやShannon Fallsはスコーミッシュの神社であり、聖地です。

車にのって、買い物に行き、人にあい、仕事に行って、、、という暮らしをしていると、あたかも人間がこの世界を支配しているように錯覚してしまうけれど、
人間は、本来、太陽や、水や、森や、海に生かされている、小さな存在であり、多種多様な生命とこの大地をシェアしているのですよね。
人間は、美味しい空気、美味しい水、おいしい食物がなかったら生きていけないんだもの。

大地と意識をあわせていると、シンクロがおこり、自分に必要なメッセージが飛び込んできます。
でも、意識がチューニングされてないと受け取れないのよ、このメッセージ。
最近、受け取ってなかったなあ〜 今一度、iPadじゃなくて、地球にTune in!だなっ

ということを改めて感じられた元旦でした。

その翌朝、鏡をのぞいたら、私の顔のなかに亡くなった父がいました。
”うわっ、お父さん!”っと思ってしばらくのぞいていたら、私の顔に戻りました。
当然、親子なのだから似ているのだけど、普段自分の顔に父を意識してないので不思議な感覚でした。
正月だから、父からの挨拶だったのでしょうね。
その内容を書こうと思ったのだけど、指が進まない。
なんだか父がいやがっているようだから私の中だけにしまっておこう 笑

そして、今日の午後は、飛来してくる白頭鷲を見に行きました。
青空と雪が気持ちよかった〜!
毎年のことだけれど、白頭鷲がやってくると、今年も帰ってきたんだなあってほっとする。 そして、鷲がどんな旅をしてきたのかなあと想像すると、ワクワクする。

当たり前だと思ってることに、スポットライトあてて意識を落とし込んでいくと、かみさま(Sprit)の存在や、自然界の調和の見事さに今一度気づけますね。

ゴロウ君、けいこちゃん、末広がりなメッセージを届けてくれてありがとう。
おかげで、心が豊かな、素敵な年始になりました。

去年あたりから、さよならしたい心の荷物や執着は、どんどん手放した方がいいそうです。
今年も、みなさんの内側が気持ちのいい氣が満ちあふれ、ポジティブな一年になることを祈っています。
今年も、地球、自然、そして自分自身を大事に、愛していきましょう♥️

明日は神社参拝にいってきます。

いつもUniearthのColor Palette読んでくださってありがとうございます。
鎌田家も今年もよろしくお願いします。



雪をみるとはしゃぐ、元気キッズでした。














2016年1月1日金曜日

明日から2016年。

太郎が年をとった気がする。

真っ黒で、のっしりとしていて、気ままに風の匂いを嗅ぎにいく太郎。
いつもと同じ毎日に見えてもこの子も年をとるのだ。たまに忘れてしまう。
最近は、ちょっとやせて、人を欲することが増えた。
わたしか、ゆうじか、太陽の布団の中にスルスルっと入って一緒にねるようになった。

2015年。

時間経ったねえ〜〜 
明日から2016年ですって。

あらま!気づいたら、アラフォーという言葉が、背伸びしたら届く位置にやってきた。(もちろん、あえて背伸びはしないけど 笑)

もうこのくらいの年になると、周りの友達もそれぞれ置かれている状況が違う。
だから、”個性を出す”なんてがんばんなくっても、しっかり”個性”がでてきちゃう年頃。

だからかな。

無駄なことがどんどん減ってきた気がする。
こだわりが少なくなってきた。熱い炎のような想いも減ってきた。
物もそんなに欲しくない。「ああしたい、こうしたい」が減ってきた。
苦手なものは相変わらず苦手だけど、まあいいじゃないそんなことは。
上達したいことがある。まだまだできるさ、やってみたら〜?
そんな風に自分を傍観するようになってきた。

暮らしはいそがしい〜
家のことやることいっぱい、全然追いつかない!
家って不動のようだけど、大地の上に立ってるから、水や温度の影響で動くんだよねえ。
地球の上にくらしているから、変わらないことなんてない。
太郎も私も家も。
あたりまえのことに気づいた。

でも、家族が健康で、いつも一緒にいれる。
毎日ごはん食べれる。ありがとうゆうじさん。

自然がすぐそばにある。
毎日、山々が真っ白で気持ちがいいよ。
心が落ち着きます。

こういうことが私を幸せにする。
これを、根っこをはる幸せ とでも言うのかな。

今年は、ドリルとインパクトが使えるようになったわ。
来年は、山ほどある白い羊毛をいろんな色に染めて一品作り上げたい。

残すところ あと数時間の2015年。
幸せな1年でした。そして2016年もそうでありますように。

今年も読んでくれてありがとうございました。
来年もこのブログよろしくおねがい致します。

2015年12月23日水曜日

あげられなかったコイン。

Save on foodの前で、晴れの日も、雨の日も、夏も、冬も、物乞いをしている男がいた。

汚れたダウンジャケットを羽織い、ボロボロのリュックを背負って、キャップ帽を募金箱代わりにコインを恵んでもらうのをずっと待っている男。

私の記憶が正しければ、私がスコーミッシュに越してきたときから彼はそこにいた気がする。

BC coastには、物乞い(beggar)がとても多い。
見るからにホームレスという人だけではなく、働けそうな若い人もかなりいる。
身なりも最低限というわけでもない。
"Travel, broken, hungry"段ボールに書かれた文字を見るたび、人に小銭をせびるより、どうして働く努力をしないのかな。と思ってしまう。

以前、そういう若い人に果物をあげたことがあった。
そしたら、お礼の代わりに、世の中の愚痴と嫌みをいわれた。
なんなんだ。この気持ち。あげなきゃよかった。あなたはただLazyなだけじゃないか。

それから、私はbeggarの人達を見なくなった。

ただ、Save on Foodの前にいる彼は、少し違った。
いつも、キャップ帽を手に持ち、ただ立っているだけ。
屋根があるのに、あえて雨に打たれながら、青い瞳でまっすぐ前だけをみている。
はじめはパフォーマンスかと思った。
でも、何度もその光景をみているうちに、それは彼の謙虚さの現れなのだと気がついた。
彼の目は、優しい感じがした。

でも、私は彼に小銭や食べ物をついぞあげなかった。
彼になら、、、とあげようと思ったことはたくさんあったのに。
わたしは、彼よりも”持っている”のに。

そして、今日、Facebookで彼が亡くなったことを知った。

”彼は、ドラックの問題があった。メンタルに問題があった。
でも彼は優しいハートをもった穏やかな青年だった。
彼は、私たちと同じように誰かの息子であり、兄弟であり、友人であり、なによりこのコミュニティーの一員だった。
わたしたちは出会う全ての人に、優しい目をむけ、できる範囲で手を差し伸べるべきであろう。”

私が小銭や食べ物を少しばかりあげたところで何が変わったわけではなかっただろう。
あげたところで、満たされたのは彼の空腹ではなく、わたしの自尊心だっただろう。

たとえ、そうだとしても、私は後悔している。

Rest in peace James  
Save on foodの前よりも、安らかな場所にいることでしょう。

2015年12月8日火曜日

Helping hand

クリスマスが近づいてきました。

クリスマスデコレーションされた家に灯るあかり
空気でふくらます雪だるまの人形や針金でできた鹿
ジンジャーブレッドハウス
本物のクリスマスツリーをのせたトラック
サンタクロースに託す夢
離れている家族のことを想う時間

カナダに来てからクリスマスは大好きな季節のひとつになりました。

でも、、、全ての人が有意義なクリスマスをすごしているわけではありません。

家もなく、家族もいない。
食べ物に困っている
サンタクロースがこない子ども

そういう人達ももちろんいます。

Squamishでは、Community Care Christmasといって、町中で食べ物、防寒着や寝具、おもちゃのドネーションの呼びかけをみかけます。
それが当然のことのように、FB上でもローカル新聞の中でもトピックにあがっているのをみると、この街にに属していてよかったなと思います。

話は変わりますが、カナダはシリア空爆から撤退し、人道的支援のみを行うと宣言しました。その一環で、来年の2月までに25000人のシリア難民(独身男性をのぞく)を受けいれると発表しました。

コミュニティーレベルでは、BCにやってくるシリア難民の家族のために、Squamishでも自分の家のsuiteをシリア難民の家族に提供できるように改築している人がいたり、
防寒着やおもちゃのドネーションを募りSurreyのイスラムセンターに届ける人がいたり、
太陽のクラスメイトのお父さんも、ドイツの難民キャンプを訪ねて物資や募金したお金を届けたり(難民キャンプにはデンタルテントが点在していて、デンタルケアのために資金が必要だそう)、大きな声であえていわないけど、支援している・行動に移している人の話を聞きます。

私はこの国では、日本人というマイノリティーだから、”受け入れられている”ことは大変ありがたく、そういう土台に救われてきている。
おかげで、差別されたこともないし、”多種多様の文化背景の人達を受け入れることができる”カナダかっこいい!と思ってます。

このあいだも、Tim Hortonであたりを見回すと、白人、イスラム教徒の人達、中国人、インド人、私(日本人)、フィリピーノがいて、この光景、すごいなって改めて思った。

ここに住んでいて、みんながみんな仲良しこよしするわけではないし、移民はそれなりに暮らしていくのは大変だ。ここでは、At your own risk何事も。言葉の壁はやっぱりある。

でも、”受け入れられている”という安心感のもと、それぞれがそれぞれのアイデンティティを保ちながら、融合して社会が創りあげられているのがカナダなんだなって思いました。
ここにいて、差別されたこともないし、例えば誰かを、”○○人だから運転があらい”と発言しようものなら、"extremey raicist!"と言われたります。

この国に暮らせることになったのはラッキーだったなと思う。

だから、きっとカナダに来られることになったシリアの人々も、安心して、助け合いながら暮らしていけるのではないかなと思います。

なにより、どんなことがあっても、豊かなで雄大な自然に癒される。
いいところだよ、BCは。

Waldorf Dollその後 〜髪の毛増量中〜

意外とアクセス数の多い記事の一つ、Waldorf Dollのその後をupdateしまーす。

Waldorf Dollを作って、2歳だった娘の誕生日にプレゼントしてから2年が経ちました。
最初はあんまり見向きもされず、寂しい思いをしていたあやちゃん(人形の名前)と母だったのですが、最近では髪の毛をいじったり、おままごとの相手にしたり、彼女の大事なお友達として可愛がってくれてます。

ですが、最近のあやちゃん髪の毛が抜けて、なんとも寂しい頭頂部になってしまい、女の子としてこれはいかん!と、増毛?植毛?してみました。

こういうお人形の髪の毛は、70%モヘアと30%普通の毛糸まぜるのがオススメですが、モヘアは遊んでいるうちにどうしても抜けていってしまいます。
なので使った毛糸はとっておいて定期的に植毛してあげたほうがいいかと。

寂しい頭頂部。。。















6歳の設定なのに髪が薄いよ。。。















というわけで、頭頂部に、2レイヤー盛りました。


















やり方は、まず、最初のレイヤーをセンターとセンターから左右1cmのところで縫い付けます。
そして、2つめのレイヤーをセンターだけに縫い付けます。
以上、超簡単。




すると、、、





あやちゃん髪の毛ふさふさになったよ。
よかったねえ〜〜〜
子ども設定の人形は髪の毛がふさふさじゃないとね。

なんでもっと早くやらなかったんだー。

みなさんもお人形作る時は髪の毛はたっぷりつけてあげてくださいね。





























このあいだWaldorf Schoolのフェスティバルで、Waldorf Dollを売っている人がいました。
全部で20体近く売っていたかなあ。
どれもすっごくかわいくて、着ている洋服もWaldorfっぽくて素敵でした。
売っていたお姉さんは、髪型が2ブロックの、パンクなお姉ちゃんでしたが、全部彼女の手作りだそう。聞いたら、1体あたりだいたい10時間でできるとのこと。

じ、じ、じゅ、10時間!?

わたし、1年かかったんですけど、、、。

でも、ほんとーーーに、作ってよかった。
自分で魂いれて作ったからか、とっても愛おしいんですよ。
あやちゃんのお洋服作ったり、娘と髪の毛結んだり、私も楽しんでます。

お母ちゃんって忙しい日々ですが、一生に一度の作業だとおもって、作ってみてはいかがですか?

まもなくクリスマス。大好きな季節がやってきます。
慌ただしい12月だけど、一日一日、バタバタ感もワクワク感も楽しい〜!





Waldorf Schoolのフェスティバルで作りました。
全部ローカルの素材でできてます。
手作りって温かいし、愛おしい♥️








2015年12月1日火曜日

百日咳 〜予防接種を考えてみる2015年編〜 

太陽のクラスメイトのお父さん(David)が百日咳にかかってしまった。

今の時代、予防接種の対象になっている病気は、「身近にないもの」と思っていたので、自分の周りの人でもかかるんだなと驚きました。

Davidが百日咳にかかったときいて、まっさきに「Davidの子供達(6歳と2歳)は大丈夫かな?」と思った。
どうやら、2人とも予防接種をしていたからか、移ることもなく無事だったそうだ。
それをきいて、ほっとした。

私のブログに来てくださる方は、なんとなくだけど、予防接種受けない・遅らせる派の人が多いのではないかと思います。
わたしも以前はそうだったのですが、最近はちょっと考えが変わってきました。
今日はそんな話です。

みなさんは百日咳にかかった赤ちゃんの動画を見たことありますか?
息を吸う間もないほどの激しい咳の発作が小さな赤ちゃんを絶え間なく襲い、「ああ、死んでしまってもおかしくないかも」と思ったのを覚えている。
大人にとってはただの咳のひどい風邪でも、赤ちゃんにとっては、怖い病気ですね、百日咳。お母さんからの免疫ももらえないそうですし。

ちなみに2週間後にDavidにあった時は、カナダでは滅多にみかけない医療用マスクをして、まだだいぶ辛そうでした。(update:あれから1ヶ月。昨日あったら、まだ咳と声の調子の悪いDavidさんでした)子供達は元気いっぱいでなによりでした。

また、うちのユウジくんは、20歳の時に麻疹にかかりました。
彼の世代は、MMRの安全性に問題があり、MMR予防接種のなかった世代です。
彼は怪我で入院中に院内感染(麻疹は、くしゃみひとつで免疫の無い人20人に感染すると言われてますね)して、ひどい発疹に加え1週間ちかく、一日に何度も40度の高熱が波のように襲ってきて、隔離病棟に入れられ辛かったと言ってました。

他にも、予防接種をしない選択をしたことで、子どもが破傷風にかかり、3日後に昏睡状態に陥り、危篤状態になったのち、1ヶ月後にようやく回復したけれど、気管切開の後を見るたび後悔するというお母さんの記事も数件読みました。

また逆に、子宮頸癌ワクチンの副反応で脳に障害がでて7年間病気と厚生省と闘っているお母さんのブログも非常に参考になりました。

頭や感情で判断する予防接種の是非と
実際に罹患した人の体験を聞くのとでは、重みが違いますね。

私は予防接種に関しては、めぐりめぐって「年齢とリスクと状況に応じてある程度必要」だと今は思ってます。

人間は、医学に助けられていることは事実だと思います。

私も土や木に触る暮らしになってきたし、もう免疫切れてるみたいだから、破傷風くらいは受けてみようかな。

最近、やみくもに否定するような風潮だったり、製薬会社への不買運動を兼ねて反対する人とか、それはそれで怖いなと思ったりもする予防接種2015年考察でした。

最近ポリティカル気味な記事ですが、次はカナダの難民受け入れについて書こうと思います。この冬は社会派Uniearth の Color paletteよろしくっす!