2018年6月26日火曜日

LOST BOY

娘からリクエストされた曲がある。
思えばしょっちゅう口ずさんでいたけど、なんの歌かわからなかった。
Youtubeで探して、ああ、この曲!とすぐにわかった。
改めて歌詞も含めて聞いてたら鳥肌立ってしまった。

Ruth B - LOST BOY






"一人ぼっちで遊び相手もいなかった。
月は友達だったけど、たまに姿を隠してしまう。
ある夜ピーターパンという名前の子が現れて言った。
 ずっと一緒に遊ぼう。もう一人ぼっちじゃないよ。

それからネバーランドで迷子になっても、僕にはピーターパンがいた。
退屈になったら森で遊んで、キャプテンフックから逃げるんだ。"


この曲聴いた時、私にもピーターパンがいたなーと、ふと思い出した。

私は一人っ子で、親が仕事で忙しかったので、
学校から帰るとほとんど一人で過ごしていた。

特に夏休みなんて、究極に退屈だった。
駅の近くのガードレールに座って、カンカン鳴る踏切の音を数えたり、
自転車で電車と競争したり、
近所を歩き回って頭の中で地図を作り上げたり
公衆電話から、いるはずのない姉に電話をかけたり、
昔はいまと違って、子供がそこらへんフラフラしていても浮かない時代だったから、
文字通りひとりでフラフラしていた。

私世代の人は、似たような経験してるんじゃないかな?

あまりに退屈な上に、家庭が家庭として機能してなかったので、
私は孤独で、心の拠り所がなかったのだろう。

あるとき、自分の心の中に、別の人物を発見して、
心の中で、その人と心の中で会話をして遊ぶようになった。
”ねえ、”と問いかけると、”なあに”と答えてくれたのだ。

今思えば、それは、紛れもない私自身なのだけど、
実年齢の私より大人びていて、自信があってよく物事をわかっている風であったから、
私は、この声を心の拠り所にしていた。
私が育ったのは商店街だったはずだけど、この声と遊んでいる時は、
森の中で遊んでいるような安らぎがあった。
想像の中では、私たちは自由だった。
嫌なことや寂しさを紛らわせてれた。

もしかしたら、その人物は、未来から来た私だったのかもしれないし、守護霊だったのかもしれないし、多重人格の1人であったのかもしれない。

それか、本物のピータパンだったのかな。

大人になった今、あのピータパンにはもう会えない。

今の子供たちは忙しい。
退屈はイマジネーションを育てるから大切です。
と言われて久しいけど、これだけ退屈しないようにあらゆる物が用意されている現代で
子供を退屈にさせることの方が難しいかもしれない。
親だって、昔に比べたらかなりかまってくれる時代だし。

でも、本当に、退屈になったら、きっとピータパンは現れる。
孤独で一人ぼっちで辛いときには、きっと助けてくれる。
たとえひとときの気休めでも。

ピータパンは、子供時代のノスタルジーや子供心の象徴である一方で、
孤独とか苦境に立たされている子供たちの心の中に、
安らぎをくれる存在でもあったんだな、

そんなことを思い出した曲でした。

ああ、心に染み入るわ。皆さんもぜひ聴いてみてね。

2018年6月9日土曜日

Waldorf School のキャンプトリップ

学年末の6月は学校の行事が目白押しで、目が回りそうな毎日です。

公立学校に通う息子は、2泊3日の林間学校に行ってきました。
こちらは、親が一緒に行くことはないので、気軽な気持ちでお見送り。

が、しかし、娘のWaldorf Schoolは、近くのキャンプ場にて親同伴で1泊するというお泊まりイベント。

社交的でもない私は、正直気が重い。
そもそも、ユウジの仕事や息子の面倒のアレンジをしないといけないのもなんだし、
子供達と1日一緒にいるのはいいのだけど、大人と会話したり、ご飯食べたり、色々するわけで、、、あー気が重い!!

と、思っていたのだけど、これが意外と楽しかった!

娘のクラスは10人しかいないので、もちろん全部の子供を知っているし、その両親のことも知っている。
もちろん割とよく話す親御さんもいるのだけど、
そのほかの人は、学校の送り迎えで会うときに挨拶するだけだったり、親同士でなんとなくグループもあったりするから、普段は大して会話もしなかったりする。

だけど、キャンプサイトで手持ちぶさたにもなれば、自然と会話をするもので、
会話をしているうちに、その人がどんな暮らしをして、どんな苦悩があって、子供についてどんな風に考えていて、どんなことが好きな人なのか、少し知ることができた。
意外とみんな、自分のことをサクサク話してくれるので驚いた。

キャンプ中は、
大人も交えて子供と一緒に鬼ごっこしたり、
毎食ごと担当制だったから一緒に作業したり、
なんとなくぎこちない大人同士の集まりが、いい感じにまとまっていくのをみて、
キャンプを通して親がつながっていくのっていいなあーって思った。

Waldorf Educationという信念の元集まっている人たちなので、話していて気持ちいいし、
キャンプの持ち物もWaldorfらしいというか、無駄がなく、シンプルで、素敵。
夜は結構な雨だったんだけど、”雨音が優しくて寝やすかったよ”っていう人が多いのも好き。

そして、皆さんの作るご飯が、超絶ヘルシーで美味しい!
ありがちなホットドッグ、市販のお菓子やジュースなんて出てこないし、ほとんどベジ料理でとっても癒された。
さすがですなー、Waldorfママ&パパ!

公立の学校の親御さんとも関わる機会が増えて、皆さんレイドバックでWaldorf Schoolよりも話しやすいかなと思うこともあったけど、Waldorf系の人はやはり洗練されているなあ。

Waldorf schoolはクラス替えもなければ担任の先生もずっと変わらない。
だから各家族と先生と子供が繋がっている感覚が育ったし、
子供だけじゃなくて、親も主役なんだよって気づかせてもらったな。

大人になると、決まった人としか話さなくなったり(もちろんそれでもいいのだけど)するので、年に1度くらいこうして集まるのも悪くないものですね。

いつまで娘をWaldorf Schoolに入れられるかわからないけど、
娘にとって今の学校はとても居心地のいい場所なので、なるべく続けてあげたいな。

とまあ、キャンプシーズン、良い感じで始まりました。

夏休みまであと1ヶ月を切ったけど、学校最後まで楽しんでくれるといいな!

2018年5月30日水曜日

Squamish 9年目 ー9年目にしてようやく!ー




あー天気も良くて気持ちいい!
5月はSquamishで一番好きな季節。

今日は住宅街の端っこから森へ直行。









満開のThimble berryの花
ミツバチが元気にお仕事中
新緑のむせるような香りをお届けできないのが残念。

9年も暮らしていても、新しい発見がそちこちにある。

そして、9年かかってようやく言える。

Squamish大好きだーーー!!


バカみたいなんだけど、Squamish大好き!ってしっかり言えるまで9年もかかった。

やれやれ。

特にここ数年、街がどんどん進化して、住宅開発に対する批判や、
物価や不動産の高騰や、いろんなことが確かにあった。
たくさんの人がこのエリアに見切りをつけて出て行ったり、
出て行かざるを得なくなった。
観光客がどっと増えて、道も混むようになった。

そういう流れに対して、とても悲しかったし、
批判的でなければいけないような気が
ずっとしていた。

目の前に素敵なことがたくさんあるのに、改善されるべきことに目を向けていた。
色々と、自分に”〇〇と思わなければならない”を課してしまっていた。

この春、久しぶりに日本に帰って、
いい意味で気が抜けてカナダに戻ってきた。

それで、気がついた。



私が今、一番大事なのは、家族が一緒にいれること。

少しでもいいから、野菜やお花を育てられる場所があること。

子供が走りまわれるだけの自然が近くにあること。



それが叶っていて、
暮らせている場所がSquamishなのって、
超ラッキーじゃん?!







私たちは、家族になってからSquamishに育ててもらっている。
もちろん、子供達も、ここが大好き。
森も川も岩もいい。

岩パワーかなー、なんか新しいことしよ!って
いつも思わせてくれるアクティブな街。

んでもって、私、やっぱ根が都会っ子なんだなーって。
Squamishくらいが丁度いいのかもしれないな。

街が変わったおかげで、新しい風が吹いて、
得れたものもある。

おかげさまで夫の仕事も順調に回ってくれて、
Squamishの街で生きることができてる。

よし、宣言しよう。

Squamish大好きーー❤️




はーーーー、楽になったーーー。
はーーー、苦しかったー。


まあ、これSquamishに限ったことじゃなくて、
色々と批判的な世の中なので、
アレがいいとか、コレはだめだとか
特に、子育てしていると余計にその選択肢が増える。

まあ、建設的な批判も確かにあるんだけど、
主張することに疲れたのかもなあ。
主張や批判って、戦うことだものね。

どっちか、じゃなくて、
両方の良いとこをもらっとこー。





歳を重ねるにつれて、どんどん軽くなってる気がする。
好きなもの、嫌なもの整理整頓して、
演じることからも脱出しつつある。
そこに、主張も手放してもいいかも、が入りかけてる。

ま、子供のおかげもあるなー。

なんて書いてみると、今まで色々考えすぎだったな笑

さて、もう間もなくながーいながーい夏休み。
恐ろしいことにまだ大した予定がない 笑
今年は子供と一緒にちょっとした登山もいけるかな。

何はともあれ、9年目のSquamish、今年も楽しみます♪

2018年5月20日日曜日

Strawbale で野菜作りの1年後 ーStrawbaleの再利用ー

去年の今頃、Strawbale Gardeningにチャレンジし、それなりに収穫できました。

収穫後も、このStarawの塊をどうするかなーと思いつつ、思いつつ、秋が来て、冬がきて、、、放置。笑

そして初夏が来る頃には、放置されたStrawbaleは形を崩しているものの、分解とまではいかないという微妙な姿に。






そのためか、ブラックベリーやアイビーの格好の住処となってしまい、このままでは庭をブラックベリー達に占領されかねない気配まで出てきたので、重い腰を上げてようやく動くことにしました。

いやはや、ベリー系の生きる力の凄まじいこと!
昔は、除草することと、除草剤を使うことを同意義語だと思っていたのだね。
生きている植物全てに意味があって、刈ってしまうなんてかわいそう。
なんて思ってましたが、それは幻想でした笑
野草のパワー、根っこの力を見くびっちゃいけないね。
奴らも本気だから、こっちも本気!ただ、殺しはしません。刈るだけね。

話が脱線しましたが、ベリー達の侵食を食い止め、乗っ取られていたStrawbaleを耕し、正しいかどうかはわからないけど、肥料を撒いて、水をかけてを繰り返し(去年はその状態で苗を植えた)してみることに。

それをStrawbale Garden跡地の地面に埋めて、その上からトップソイルをかけて畑床としてみました。

手触り的には、私が野菜だったらここで育ちたいと思えるほど、ふかふかで包み込まれるような土壌なんだが、、育つかなーーー、育つよねえーー?
去年はブロック状のStrawbaleで野菜が育ったのだから、理論上は育つはず!







とは思うのだけど、どうなることか、、、。

今年のガーデンの目標はお金を使わない!
ということで、今年もSeed Libraryにお世話になり、レア物のタネをGetしましたー。
去年タネを取りできた野菜があるのでタネを”返却”しに行かないと。








土も種も、なるべくあり物を使って、息長く育てたいなーと思ってます。
(と思うのだけど、お花の誘惑には負けつつある。。)

みなさまも良いガーデニングを!

日本の小学校体験入学 その3

というわけで、小学校の体験入学は無事に終了。

体験入学を通して私もたくさん成長した。


最初は、東京の団地は環境が全然違うから通わせたくないなあとも思っていた。

どこか田舎に家を借りて、そこから体験入学に、、。とかって。

でもね、そんな風に無理して作り上げた環境で得られるのは私の自己満だけだったと思う。

子供に必要なことは、都会でも田舎でもいろんな環境を知ること、じじばばの側で過ごすこと。
どんなところでも、家族が一緒にいて、元気で、愛があればそれでいいのよね。


それを確認するかのように、最終日に校長先生との会話が心に残る。


私が校長先生に、感謝と日本の学校の素敵なところを伝えると、


”うん、それぞれのいいとこどりしていくといいですよね”って。


太陽とルナにも、


”カナダのいいところ、日本のいいところ、いいとこ取りして、素敵な国際人になってね!” って。


すごくいい言葉だと思った。


私たちは批判の世界に慣れ過ぎている。


あれはダメこれはダメって言い過ぎてる。


目の前に素敵なことがあるのに、当たり前すぎていつしか不満に変わっちゃったり。

私自身そういうこと多々あるから、これからは”いいとこ取り”をおまじないがわりに、この気持ちに戻ってきたい。

そうそうカナダで暮らす日系人の子供を見ていると、義務教育が終わった頃から20代初めにアイデンティーを探しに行くのか、日本の大学に行ったり、一人で日本滞在してみたり、日本に興味を持つようだ。

多分、今回の経験は、アイデンティティーの形成に役立ったんじゃないかなー、、、なんて親としては期待したいところだなー。親の欲目かもしれないけど。


先日、お世話になったお礼の手紙を子供達と書いて学校に送った。


色々話しながら、5時になると鳴る、ゆうやけこやけの歌を一緒に思い出した。

それと一緒に、目の前の公園や、小さなスーパーや、子供を乗せて自転車をこぐお母さん。友達とバイバイ!したときのことが、わあーって頭に広がる。


いつかまた会えるといいな。


2018年5月4日金曜日

日本の小学校体験入学 その2

日本の学校生活が始まった。
家から学校までは、車の入れない歩道を歩いて5分のところにある。

学校が始まった翌日から、太陽とルナは2人で学校に行くことになった。

、、、すごい楽なんですけど!!

カナダは、基本的に親が送り迎えするので(徒歩圏内でも)、通学がこんなに楽なんて(涙)!!!


4日目にして、太陽はすっかり学校に慣れて、家に帰るや否やカバンをおいて家の前の公園へ飛んで行き、5時のチャイムで帰ってくる。(団地のいいところは、車の心配がないのと公園がたくさんあることなんです。)

日本の学校の子供はみんな親切でびっくりした。ドッジボール超楽しい!という太陽。

ルナはというと、「学校行くけどおー、なんかやだ。」というモードで、なおかつ担任の先生のことを、”さいとうがさ”と苗字で呼び捨てにするので、ヒヤヒヤする。

給食にも慣れ、クラスの子で気の合う子が出来始め、そしてあっという間に最終日がやって来た。

最終日、ルナを迎えに行くと、1年生全員が、

”バイバイるなちゃん!元気でね!!!”
”カナダに行ってもがんばってね!!”

と校庭中響き渡るほど大きな声で見送ってくれた。
2、3度振り返り、手を振った後、ルナはもう振り返れなくなった。

ルナの顔が緩み、涙がにじんでいた。

多分、こういう気持ちになって涙を流すのは、生まれて初めてだと思う。


その後、太陽を迎えに行くと、お別れ会を開いてくれたようで、体育館からクラスの子にもみくちゃにされながら出てきた。
太陽は、「まだこの学校に通いたい、俺、日本の学校でもいいよ。」と。
まあね、それだけチヤホヤしてもらえたらそりゃあ居心地いいよね。笑
まあこれも、短期間の特権だよ。と母は心の中でつぶやくのだけど。

時は流れ、カナダに帰る日がやってきた。太陽は朝からソワソワソワソワしてた。

もしかしたら最後に友達と遊べるかなあ。
会えるかなあ。

少し時間があったので、いつも遊んでいた公園を見に行くことにした。

しかし、残念ながらそこには誰もいなかった。
仕方ないね、と歩いて帰ろうとしたら、偶然にも向こうからお友達がやってきた!

友達:”あ、太陽くん!”

太陽:”遊べる?”

友達:”うん、遊べるよ。あっちの公園で遊ぶ約束してたとこなんだ。”

11時には帰ってくるように伝えると、お友達とハッピーな足取りで走って行った。

そんな後ろ姿を見て、ああ、体験入学させてよかったなあーと目が細くなる母でした。

日本の小学校体験入学 その1

3年半ぶりの日本。

東京郊外の巨大団地に住む母の家に滞在している間、子供達を近所の学校に通わせられることになった。

前々から学校や市に問い合わせをし、準備を整えてきたものの、
Squamishとは環境が全く異なるし大丈夫かなあと不安でもあった。

でも、そんな不安は、学校登校初日に一掃された。

元気いっぱいな子供達の声、温かく迎えてくれる校長先生や先生方。
昔は校長先生ってもっと威張ってる印象だったけど、こちらの校長先生はとってもフレンドリーで、すれ違う子供達みんなに声をかけて回ってる。
他の職員の方もみなさん声をかけてくれる。
入学式直後の体験入学なんて迷惑だろうなーと思っていたからありがたかった。

登校日が始業式明けの月曜日だっため、全校朝礼で挨拶をするハメになった太陽。
絶対日本の学校には行きたくない!って言っていたルナ。

前日に沖縄から帰ったばかりなので、本当は月曜日は下見&挨拶だけのつもりが、この日からフルで参加することに。

10日間の日本の学校生活が始まった。。。

どうなることやら。

続く

〜参考までに〜
ここの市は、日本国籍のある海外在住者の体験入学の受け入れの経験があるようで、スムースでした。
言われたのが、1週間以上通えること、一時滞在先からの滞在証明を出すこと、滞在先の学区域にある学校にしか通えないこと。でした。

持ち物は、登校日当日に校長先生に相談。
用意したのは、教科書(なくてもいい)とノート数冊、筆記用具、上履き(沖縄で使ったビーチシューズ)、体育着(白いTシャツに短パン)と給食費。

日本の学校ってもっとルールに厳しいかと思ったけど、フレキシブルに対応してくれることにびっくり!