2019年4月22日月曜日

投影ぐせ

シュタイナー学校に通う小学2年生になる娘のクラスが最近ざわついている。

女の子同士の仲良しグループがらみのドラマがちょいちょい見受けられるようになった。
娘から聞き出した情報によるとこんな感じ。

AちゃんがBちゃんを奪っちゃうから、Aちゃんと遊べなくなっちゃった。

とか

Bちゃんを取り合ってAちゃんとCちゃんが喧嘩してた

とか

遊ぶの断ったらDちゃんに睨まれて、すれ違いざまに蹴られた。もう一人一緒に断った子も見えないところでDちゃんに突き飛ばされた。それで無視された。

とか

Dちゃんが遊び方を事細かに指示してきて、違う役やりたいのにやらせてくれない。けどBFF(Best friend foever)の手紙やアクセサリーいつもくれるの。

とかとか 女子あるあるが始まっている。
嗚呼、始まってしまったのね。。。

そんなこんなの中、娘が仲よかった2人が公立学校に転校してしまった。

私はこの手の女子グループが大の苦手で、
女子グループのねじれワールドに娘が巻き込まれませんように!と心の中で念仏のように唱えている。

正確に言えば、トラウマ的に苦手、というか、完全なトラウマ。

というのも私の小学校生活は、女子グループ問題に始まり終わった、長く、暗澹とした全く楽しくない6年間としか形容しようがないからなのだ。

私自身がいじめのターゲットになることはなかったのだけど、
あまり意見を言わない(言えない)のでボス的女子に取り入られてしまい、
同調圧力に屈し、周りを信用できなくなり、追い詰められ、
親や先生を巻き込んで5、6年生の時に登校拒否になるという事態に陥った。
そもそも、この小学校は高級住宅地のど真ん中にあり、
学区域ギリギリの商店で育った庶民の私とは、
金銭感覚も身につける物も文化の違う家庭が多く、それにも苦しめられた。

そんなこんなで娘に同じ思いをさせたくない、という気持ち以上に、
私自身を子供にがっちり投影してしまって、
トラブルを回避しようとしたり、
特に「親友(BFF)」という言葉に拒否反応が出てしまったりして、
自分と娘との境界線がすっかりわからなくなってしまう。

ひょんなところで出てくるトラウマにはいつも苦戦する(汗)。

だけど最近気がついた。
しんどいこと、辛いことでも子供から経験する機会を奪ってしまうと、
大人になって社会にでたときに困るのだ。
例えばずっと親に守られて育ってしまうと、逞しさや自立心が奪われてしまうように。

人間関係で、小さいうちに失敗して、その中でもやり直したり、
繋がっている人を大事にしたり、
はたまた年齢とともに変わってしまう関係性を受け入れたり、
傷ついたり、学ぶことが大事なのよね。
子供時代は、たくさんのことを経験することが財産なのだよね。
それが自分らしさへの探求プロセスを早めてくれるのだろう。

だからちょっとした出来事1つ1つに親が反応するよりも、
「今どんなこと学んでるのかな」って、
引きで見守るのがちょうどいいなと最近ようやく感じるようになった。

割とおとなしくて私に従順だった娘も、最近ツンツンしていたりして、自我やらなんやらいろんなものが芽生えているようにも感じる。







これも見守りだわ。
親離れ・子離れの大事なステップ。

そして、私の分離の課題。

とわかっているものの、なかなか難しいこともあるのが正直なところ。
不思議なことに息子の友人関係には、「ま、いろいろあっても気にスンナ!」とどっしりしていられるのにね。
娘だとモヤモヤするという、、、、。投影グセです、これは。
ま、当の娘は、友達関係でさほど心が乱されることはない模様。ヨカッタ。

と、ここまで私の目線で書いてるけど、
公立学校間、シュタイナー&公立学校間でも、
女子の人間関係に悩んで隣の学校に転校する子もまあまあいるので、
思い悩んでいる親子さんも割といるのかなと思ったり。

転校すると言う選択があるならば、それも悪いことではないけれど、
その場で耐えて嵐を乗り越えた子に見える逞しさ、自分を信じる力が不安を上回った表情を見たりすると、辛い経験もやはり財産なのだな。

と思わずにもいられない。


がんばれ、私。
よいサポートができますようにーーー(願)