2012年3月13日火曜日

No title

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胸にしみる 空のかがやき

今日も遠くながめ 涙をながす

悲しくて 悲しくて とてもやりきれない

このやるせない モヤモヤを だれかに告げようか

白い雲は 流れ流れて

今日の夢はもつれ わびしくゆれる

悲しくて 悲しくて とてもやりきれない

この限りない むなしさの 救いはないだろうか

深い森の みどりに抱かれ

今日も風の唄に しみじみ嘆く

悲しくて 悲しくて とてもやりきれない

このもえたぎる 苦しさは 明日も続くのか

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震災から1年ですね。
��月に震災があり、11月に父が他界し、1月には身近な方が亡くなりました。

死ぬ事、生きる事、そして遺されること

どういうことなのかたくさん考えた一年でした。

たくさんの別れがありますが、

”親を失った者には 過去を失う
 配偶者を失った者は 今を失う
  友人を失った者は 自分の一部を失う
    そして、子を失った親には、過去も今も未来もない”と何かの本で読みました。

そのような渦中にいる方が、たくさんいらっしゃる。
震災でなくても、突然想いもよらぬ在り方で、ーそれこそ、打ちどころがたまたま悪かったとかー他界してしまう方もいる。どうしてよりによってあの人が、、、。そういう逝き方もある。
逆に、いくら死のうとしても死ねない人もいる。

家族がいてあたりまえに暮らしているわたしの毎日と、その方達との分かれ目がいったいどこにあるのか。それは、かみさまのいたずらのように思える。

今日も生きてます。

家族は健康。ごはんもおいしい。子ども達の笑顔もみれる。ありがたい。

魂という目でみたら、逝ってしまうことは悲しいことではないように思える。
むしろ遺された方へのメッセージの方が大きい。

だけれど私は生きることに執着しているし、よりよく生きたいと思う。

亡くなった方の魂が安らかに鎮まりますように カナダよりお祈り申し上げます。

2 件のコメント:

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    はじめまして。
    福岡在住の大学生です。
    小学生6年の時
    この詩を見て衝撃をうけました。
    ��親を失った者には、、の詩)
    以後、どのような内容だったか
    ずっと気になっていたところ
    ふとこちらで紹介されていて
    再会できました。
    私の母親は幼い頃に両親、
    私たちが小さいときに夫を亡くしています。
    しかし子供である私は
    未来になれるのではないか、
    ずっと母の未来になりたい
    と心に誓った思い出があります。
    この詩に再会できて嬉しいです。
    ありがとうございました。

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  2. SECRET: 0
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    かなさん ブログに立ち寄ってくれて、コメントまでありがとうございました。
    ご自身の体験をシェアして頂いてありがとうございます。
    小学校6年生でこの詩に出会っているなんて、小さなときから乗り越えてきたものの重さを感じます。
    このところ、”離別”について考えることが増え、”何も失いたくない”というのは傲慢で、幸せな考えかもしれませんが、でも正直、わたしにとっては”恐怖”であります。
    震災や身の回りの人たちの不幸を目の当たりにして、大切な人たちとの時間ー離れている人たちと再会出来た時間は特にー前よりも大事になりました。
    かなさんがお母様の”未来”になろうと思った決意、力強いものを感じます。
    苦しみや悲しみが多い分人は成長するというのは本当だと思います。
    きっと、かなさんもハートの芯が優しくて強いお方なのでしょうね。
    ご縁をありがとうございます!

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