2015年8月13日木曜日

鳴らない電話

なんだか、恋人達のすれ違いみたいなタイトルにしてしまった!
懐かしいねえ〜そういう気持ち。
いいねえ〜

って、ではなくって!

昨日わたし、久しぶりに夕方にヨガにいったんです。
ヨガスタジオで、携帯をサイレントモードにして、久々のヨガタイム楽しみました。

で、午後7時。家に帰ると子供達とゆうじがいませんでした。
うちから10km先のFurry Creekに釣りに行くといっていたので、ああ、トラックで行ったんだなあと。

それじゃあと、久しぶりに1人でおうちで好きなようにご飯を食べ、ネットをみながらダラダラ過ごしました。至福の時です。
やがて、空が夜に向かいだし、遅いなあ〜なんて思いながらも、まだダラダラと洗濯物をたたんでいました。

いよいよあたりが暗くなり、フト時計をみたら9時半。
いい加減遅いとおもって、携帯を開くと、テキストと履歴の嵐。

そして午後8時に、”たすけて! 充電5% 届けテレパシー” の文字が。

そうです、サイレントモードを解除していなかったんです。
心臓がバクバクいい、ぞぞーーっと冷たい風が体を駆け抜けます。

どうやら、Furry Creekでトラックが動かなくなり、携帯の充電もなくなり、身動きがとれないとのこと。

ひゅうう〜〜、それだけかあ、あーーーーよかった!

場所をテキストしてくれていたので、速攻向かうと、泣きつかれた子供達がトラックの座席で寝ていました。

あーーーもーーーほんとごめん!!!

1時間半、”ママがきっと気づいてくれるから信じようね”って励ましあって待っていたみたい。。。

でも、”どうしてママ電話にでてくれないの?”ってルナが最初に泣き出し、
太陽はずっとなだめてくれていたのだけど、
最後の方でいよいよ不安に耐えきれなくなって、泣いてしまったとのこと。

喉がカラカラに乾いて、つらかったこと、
ママが来てくれるって、信じて待っていたこと
眠くて疲れて、早くベットで寝たいこと

そんなことを、汗と涙でぐちゃぐちゃの顔で話してくれました。
太陽は6歳になり、私を求めて泣くことがなくなったので、久しぶりにみた涙でした。

成長したなあ〜 我が子!

嬉しいよ、かあちゃん。

さて、トラックはというと、車屋さんにTowingされ、今”宣告”待ち。
どうやら、軽症ではないような雰囲気が漂っている。
最近、ゆうじのトラック、エンジン不調だったので、いよいよ寿命(1992年式 Dodge Diesel35万キロ)かなあ〜。。。

実はゆうじが子どもとトラックで出かけると言った時、
なんだか嫌な予感がしたので一度止めたのだけど、虫の知らせだったんだね。
まあ何事もなくて無事でよかった!

鳴らない電話、みなさんもお気をつけあれ!

2015年7月7日火曜日

燃えている!

雪の降らない冬から、雨の降らない夏に突入したCoastal BC。
13年、カナダで暮らしていて、一番ドライな夏。
Drought(干ばつ)なんていう言葉も聞こえてくるほど乾いています。

ここへきて大規模山火事が頻発しています。
乾燥と強烈な日差しに加えて、強風もあって、火の勢いは増しているそうです。
3つの大きな山火事が半径100km圏内(カナダ的距離でいえば近い)で起こっているので、対岸の火事ではありながら、のんきに傍観するほど人ごとでもないので、ドキドキする。

今日はSquamishに山火事の煙が押し寄せて、視界200m先が見えない状態でした。

Air Qualityは最低の10。(←この数値はじめてみた)
ウィスラーは最低よりも上の11(←最低に上があるなんて知らなかった)

家で窓閉めていても、喉イガイガ、目はシパシパ、鼻水はとまらないし、かといって外にも出れない。
庭にはうっすら灰がつもり、もちろん煙い。
いつもは強い風の吹くSquamishが、無風のため煙はたまる一方で、どんどん視界が悪くなる。どこにもでれない、どうにもできない。
そんなこんなで気持ちも体も苦しくなって、ややパニックになってしまった。

いてもたってもいられず、バンクーバーに避難。
若干空気のいいバンクーバーで気分も落ちつき、冷静になってきた。

世界中で温暖化や異常気象のニュースを見聞きしている。
でも、BCは変化が少なくて、頭では理解してても、肌で感じるほどではなかった。
なんといっても、ここは水が豊かで、災害も少ない。
でも、去年あたりから、夏に晴天が続きすぎることに少し危機感を感じだした。
そして、今年は、”危ないな”と感じる気候。
雨が降ってほしいと切実に思う。

ご存知のとおり、Coast BCはサーモンのふるさとでもある。
でも、今年は川の深さが足りないだけじゃなくて、表面温度も高くてサーモンが川を上れずにいるらしい。心配だ。

いつもSquamishに吹く強い風は、実はPembertonからやってくる。
Pembertonの気温があがると上昇気流が発生して、その気流がSquamishにやってきて風となる。
でも、PembeeもSquamishも分厚い煙に覆われているせいで、気温があがらない。
Pembeeの気温があがらなければ、Squamishで風は吹かない。煙はうごかない。

森も、サーモンも、風もあたりまえの光景だったけれど、
こうしてバランスが乱れてしまうと、日々いかに調和されていたか気づく。

今まで、気づくか気づかないかの地味な変化でいれたのは、圧倒的な自然のおかげだったんだな、と思う。
マジ、ありがとう自然。愚かなわたし。バカ!

人間が気づかないところで、無言で、森も動物も耐えていたんだろうな。

いつもの毎日が戻るように、
雨が降ってほしいけれど、雨が降らない日を指折り数えるのではなく、
今は、あるがままの状態を、落ち着いて受け止めようと思う。
煙も、暑さも、続く日照りも、いつ落ち着くかもわからない山火事も全部。

こういうときこそ、命がけで消火活動にあったっている人達に、森に、共に経験している地球に感謝の気持ちをまず向けていこうと思う。
恐怖よりも、感謝にフォーカスしようと思う。

この山火事のメッセージは深く大きい。しかも、誰にでもわかりやすい。

そしてそして、最後に、おさらい。
乾燥と高温が続いていると、小さな火種があっというまに広がってしまいます。
今activeな山火事の多くは、落雷が原因です。

でも、雷が落ちたからすぐ燃えるわけではなく、数日、数週間、地面の中でくすぶって、
高温と乾燥という条件で発火します。
私の友達も、Fire hazardがhighの時に、森でトイレットペーパーを燃やし、土の中に埋めたそうです。
見た目では完全に消えていたのに、地面から煙がでてきてくすぶっていて、”こうやって山火事っておこるんだなあ”って言っていました。

なので、たとえ小さな火種でも、高温乾燥している時はそのとき発火しなくても、いずれ火はでます。

完全に消したつもりでも、火種になりそうなもの(たばこの吸い殻とか、バーベキューの火の粉とか、)は、森には決して持ち込んではいけません!!

どうか、みなさんもBCに雨が降るように祈ってください!
そして、命がけで消火活動にあたっている人達がみな無事に戻って来れるように。
もう、祈るしかない。

恵みの雨が降りますように!

2015年6月26日金曜日

ニュートラル 

海をぼんやりと照らす月が美しくて、部屋の灯りを消して外に出た。
涼しいような、ぬるいような風がときおりふわっと吹き、濡れた髪をなでる。
ハイウェイを走る車の、その奥から、かすかに海の音が聞こえる。






引っ越しをして、
朝でも夜でも、好きなときに洗濯してもいいし、
夜中にギターをひいたっていい。
子どもが早朝から元気でも、”静かに!”と注意しなくてもいいし、
好きなように庭を使ってもいい。

少しづつ、しかし長い間蓄積されていたストレスから解放されたからか、
引っ越してから何も考えない日々が続いている。


運動して体を鍛えたい、とか、あたらしいことに挑戦したいとか、新しい人と知り合いたいというような前向きなチャレンジ精神というものが、全く湧いてこない。

ただ、日々、家族と過ごし、菜園に水をやり、ご飯をつくり、お皿を洗い、たまに掃除をし、車で10分の町まで買い物に行き、帰ってくる。
夜はパソコンを開き、気が向いたらギターを弾く。寝る。そして寝る。

どこか客観的で、それでいて”やりたいこと”がない。

こんな調子なので、どこそこに行こう!という前向きな夏休みの予定をたてる気にもなれないのに、短い夏のピークが近づいてきているのを感じている。

こんなんでいいのだろうか?
これは、満たされているということなのだろうか、
それとも、空っぽということなのだろうか。

いや、”空っぽで満たされている”のだろうか。

そうだと仮定して、これは幸せのひとつのかたちだと、満足しておけばいいのかもしれない。

今日は新月でも満月でもない。象徴的な日でもない。

それでもいいじゃない、と心でつぶやきながら、
闇夜に向かいながら胸に手をあてて、”私はいったい何がしたいんだろう?”と聞いてみた。

すると、シンプルで、無駄も気負いもなく、
しかし、期待や希望と呼べるものでも、世界を平和にする素敵な行動でもなく、
ただ長い間私の中で共存している、自己満足かつ自己完結的ないくつかの誓いが、
コン、コンと胸を叩いてくる。

誰を幸せにできるものでもないけど、なんの打算もないニュートラルな想いというのは、あんがい貴重なのかもしれない。

そんなことを想った静かなある夜の話でした。

2015年6月13日土曜日

New life

引っ越しが完了して10日経ちました。
まだペイント途中だったり、ソファーがなくてキャンピングチェアーに座ってたり、
工具がそこらじゅうにあったり、だけど、いい感じにスタートしています。

引っ越しが終わってみて、今まで結構ストレス溜めてたんだなあーって気がついた。
今までは一軒家の下に大家さんが住んでいたから(いい人だけど)、それなりに気をつかって暮らしていた。

だから、
おひさまの光で洗濯物を乾かせる、とか、
早朝や子どものが寝た後に洗濯機をまわせる、とか、
夜にギター弾いたり、大きな音で音楽をかけたりしても気にしなくていい、とか、
お庭にガーデンをつくれる、とか
そしてなにより、子どもが走り回って大きな声をだしていても、注意しなくてすむ。

ひとつひとつはささいなことだけれど、全部気にしなくてよくなってから、心がだいぶ穏やかになったーーー。
軽くなったあーーー。

そして、よく寝れる。
こんなによく寝れるのは5年ぶりかもしれない。











前に住んでいた人が、お花をたくさん植えてくれていて、小さいけれど立派なフラワーガーデンもあって、癒される。
それに加えて、野生なのかな、そこらへんにFox GlobeやBluebellが咲いている。
前の人の、愛情を引き継ぐのもなかなかいいものだね。







Squamishの暮らしも楽しかったけれど、どこかでもう少し静かな暮らしがしたいなあと思っていた。時期が熟したら、Squamish郊外で暮らしたい。
そんな風に思っていた6年目の引っ越しだった。
まさか、Britannia Beachだとは思わなかったけど、こちらの森も海のせいかすこし優しい感じがして素敵です。
多分、圧倒的に森に入る人が少ないからか、森の精気が濃い感じがする。







しかし、よく眠れるんだあ。
自分の周りの自然環境って、結構メンタルに影響している。
そういう面ではSquamishはかなり特徴的な街だけれど。


親になって足掛け6年、地に足をつけること、踏ん張ること、現実と理想を繋げること、いろいろ学ばせてもらった。
30代も後半になって、本当に好きなこと、苦手なことが前より分かってきた。
シンプルになってきてる気がする。

今までは”岩”や”山”動かないものにフォーカスしていたけれど、
ここへきて、”水”が暮らしに近づいてきたってことは、"Let it go(水に流す)”ってのもテーマなのかな〜 なんて。

さあて今日も、一日のドタバタを忘れるべく、寝ます。
おやすみなさい。

2015年6月11日木曜日

小人のしわざ

引っ越しのドタバタも落ち着き、日常が戻りつつあるこのごろ。

この1ヶ月、ずっとバタバタしていたので、汚いなあと思いながらも車を掃除する時間がなかった。
いよいよ汚すぎ、いい加減掃除機かけないと!と思っていたタイミングで、
家の鍵、郵便ポストの鍵、車の鍵(2つ)をくっつけていた鍵束をなくした。
しかも、これ、3回目。

家まで車を運転して帰ってきてから行方不明になったので、
絶対家の中にあるはず、、、と思い、くまなくさがしたけれど見つからない。
庭も一通り見て、子供達目線で探すのを手伝ってもらうものの、見つからない。

もしかしたら、うっかりハッチバックに鍵をつけたまま、ゆうじくんが車乗ってっちゃって、どっかでおっこっちゃったとか?!
という、かなりレア想定をして、警察に聞きにいき、FacebookのLost & Foundにお尋ねしたりもした。

でも、もちろん出てこない。
悶々としたまま2日が過ぎた。

もしかして、車の中かも!
掃除ついでに探してみようと、ついに車の掃除をすることに。
細い隙間はもちろん、外せる椅子をはずして、念入りに掃除機。
車はきれいになったーーー!
しかし、鍵はでてこず。Sigh...

翌日、庭でゆうじくんと話をしていたら、、、、鍵発見!!

絶対、ソコ見たし!っていう割とわかりやすいところに鍵束がぽつんと置いてあった。

コレ、君の仕業だよね?
ははーーん、車の掃除しなさいっていう、メッセージだったわけだな〜


てなこと、たまにありませんか? 




2015年4月19日日曜日

港の火事 Save the Howe Sound

木曜日の夜、南北8kmにわたるSquamishの街が黒く分厚い煙に覆われた。
Squamishの南側にある港で大きな火事があり、煙が風にのって街の北側のBrackendaleまで煙に包まれた。
煙に有毒物質が含まれているため、ダウンタウン周辺に外出禁止令がでて、全住民に対して窓を閉め、必要最低限以外の外出しないようにと指示がでた。















一夜あけた今日は最高にいいお天気だったが、まだうっすらと煙っている。
風が強かったから、窓をあける気にはなれなかった。
気持ちいいのに、外にでられないのって、つらい。
おとといと何も変わらない、新緑がきれいな青空。
でも、今日の空には有害物質が飛んでいる。

福島で暮らす人々のことを想う。
これが放射能なんだもんな。。。。

今、SquamishはLNG(天然ガス)の発電所を建てる/建てないで議論がつづいている。
賛成の人は、雇用が増えて、税金の収入が増えることで街が潤うことをあげていて、
反対の人は、環境へ影響がはかりしれないことをあげている。

でも、LNGに関して、私は、いいのか悪いのかよく分からないままでいた。
そりゃあ私的には今のまま(ガスなし生活)で全く不自由してないので、環境や生態系にリスクのあることはしてほしくない。国の成長なんたらなんて関係ない。
だから感情論でいったらもちろん反対。

しかし、カナダは面積に対して人口が少ない。
人口が少ない国は、経済力にも国力にも限界があるらしい。
だからか、カナダは移民をたくさん受け入れていて、人口もどんどん増えている。
人口が増えると、エネルギーがもっと必要になる。
そのエネルギーをまかなうには石油やオイルサンドといった化石燃料よりも、天然ガスの方が環境への負担が少ないともいう。
薪ストーブだって、みんながみんな薪を必要としたら木がどんどん伐採されてしまうし、燃やすという行為は環境によいの?
じゃあ、自然を利用した水力発電は(BC HYDRO)?でも、ダム建設もひどうそうだぜ。
天然ガス施設はダムをつくるよりマシなのか?
原子力に比べたらずっとずっとマシな気はする。
でも、そもそも本当に必要なの?
カナダは天然ガスの資源国だ。
世界を相手にするビジネスをもたなければカナダは発展しない?
期待されてたオイルサンドだって原油の需要が減って散々たるものだと何かで読んだ。環境を破壊したのに、何にもならないなんてお粗末すぎる。

なんだかよくわからない。だからこの件は傍観していた。
それに、どっかで諦めもあった。”反対してもどうせ作るんでしょ?”って。

でも、今回の火事で、”やっぱ無いわ”と強く思った。
もし何かあったらこの程度の被害ではすまない。
そして、これから数十年と海への影響が大きすぎる。

私が引っ越しをするBritannia Beachは昔、大きな鉱山があった。
でも、山をほじくりかえし鉱毒を垂れ流したことが原因で、大地と海がひどく汚染されてしまった。
そのおかげで、魚やクジラがHowe Soundにこなくなってしまった。
それと同じこと起こる確率が大きいと思わずにはいられない。

鉱山汚染に関しては、2000年から海の鉱毒浄化プログラムがはじまり、海の生物も少しづつ戻ってくるようになった。
去年はイルカ、オルカ、クジラがHowe Soundにやってきた。
50年前は当たり前の光景だったそうだ。

私はそれを知って、嬉しいと思う。
よかったなあ、って心から思う。

夏から秋にかけて数種類のサーモンがやってきて、熊が出没し、冬には白頭鷲が巣ごもりする。海に、イルカ、オルカ、クジラがやってくる。

春先からは、山の中で鹿や熊の親子の姿をみかけるようになる。
新緑の頃、真っ白なエルダーフラワーが満開になり、ハマナスの花がさく。
晩夏にベリーが実りだすと、熊がより活動的になる。
やがてサーモンが命を全うし、その腐敗臭が森を覆う頃、また冬がやってくる。

自分が暮らす街に、自然界の営みを感じられる幸せ。
様々な生命とこの自然をシェアしていることを、忘れないでいられる。
共に生きてるんだなあと、嬉しくなる。
幸せになる。安心する。

この幸せを犠牲にしないといけない暮らしだったら、わたしは不便なままでいい。
この美しい自然と、そこに属す生命たちが、あるがままの姿でいれることを願います。


Save the Howe Sound! NO LNG!!!



2015年4月16日木曜日

At a fork in the road :人生の分岐点

この間の皆既月食、すごいパワフルでしたね〜。
体調を崩した人も多いと聞きました。
私もご多分に漏れず、体もぐったり&depression気味なのに、その理由がわからず悶々としていたら、ご近所のママ友も全く同じ症状で、”皆既月食だねえ、これは”ってびっくりでした。皆既月食すごいねえ。

このあいだの満月+皆既月食は、古いもの(意識)を振り落とすような作用があったみたい。
目に見えないスピリットやソウルと久しぶりに共鳴したようなそんな感覚もあり、懐かしいような、新しいような感覚にフワーーっと包まれているような気分でした。
みなさんはどうでしたでしょう?

実は、まさにそのタイミングで、私たちにも大きな変化がありました。
5年住み慣れた今の家を出て、Squamish郊外に引っ越すことがきまりました。
まさかまさか、そのエリアに住むなんて考えもしなかった。
人生、本当にわからないものだー。
でも、心の中で描いていた暮らしに、一番近い家に出会えたような気がしている。
心で本当に願っていることって叶うし引き寄せられる。
つくづく不思議で、ありがたいことです。
ってまだ住んでないからわからないけれどね。

今回は、家から海が一望できる。海、見てるだけで心が緩みます。
Squamishは岩のグラウンディングパワーがすごかった。
今度は心をとろかしてくれるような海のパワーが暮らしの舞台になります。
これは、次にいっていいよーっていう合図だったのかもしれない。

しかし、こういう変化は私だけじゃありません。
私の周りのWhistler繋がりの友人の多くも、引っ越しや出産や新しい旅を控えています。
ほんとうに不思議なくらい、みんな動き出している。
偶然というか必然というか、そういうエネルギーが強まってるとしか思えない!!

長い間均衡を保っていた状態が、一つでも変わると、その変化が少しずつ影響しあって、新しいうねりがうまれる。
そのおかげで、自問するチャンスがきて、若干の抵抗のあと、見えなかった世界がみえてきたりする。新しい人達と繋がる。流れができる。
(ということを、英語ではGroup Dynamics=関係力学というらしい。)

今の状況とお別れするのは寂しいけれど、永久に同じなんてことは一つもない。
30代は、人生が豊かになるなあ〜。深さ広さともに想像を遥かに超えています。
花は、咲くことが全てではない。むしろ、散ってからなのだね。

2015年は、分岐点という説があります。
バシャール的には、素の自分が呼び起こされ、鈍感になっている心に”ほんとうの豊かさとはなんですか?”と問いかけるエネルギーが強い年だそうです。

その答えによって、人生の方向転換できるタイミングであり、
またそれぞれの世界が分離しはじめて、それぞれの世界を形成しはじめる、、らしい。

だから、素の自分らしさを求めて新しい環境に進むことを選んだなら、その電車に乗って突き進んでいきましょう。むしろ、その電車に乗るならいまのうち、
ということなのだそうです。

ウィスラーからずっと繋がっている友人に改めて感謝と、まわりの人達や、これを読んでくれているあなた、
それぞれがこれからも引き続き、奮闘あり、感動ありのすばらしき人生が待ってますように祈ります☆