往復でちょうど1時間。子供との散歩&エクササイズにちょうどいい。
海に行く途中に、森に囲まれたただっぴろい空き地があって、
パンデミックに突入した時は、まだ葉っぱがまばらだった森が
今はもう新緑を過ぎて夏の準備をしているように感じる。
思えばこの2ヶ月は眠っていたような気もするし、
夢だったような、現実だったような、なんだか幻のように思う時がある。
みなさんはどうかわからないのだけど、
私は規制緩和が始まり、社会が動き出そうとしている今のほうが、
パンデミックのど真ん中に居たときよりも心がグラグラする。
自分の心に聞いてみると、
「前みたいに忙しい生活に戻るのが怖い」
と言っている。
耳障りのいいことを言うようだけれど、
また空に飛行機が飛び回り、海にエンジンボートが行き交い、
人気のハイキングトレイルに人が集中し、
今は見える遠くの景色がぼんやりと霞んでくる
と想像すると、胸がずーんと重くなる。
何も私は、「地球の痛みが自分ごとのように苦しい」と言いたいのではなくて、
自分も地球の一部だからこそ、
そんな日常の中に、自分の身を置くのだと思うと苦しくなる。
3月のブログで「涙」という記事を書いたのだけど、
この2ヶ月で「受容ー調整ー適応ー出発」というプロセスを一回りして、
また一段上がった「受容」ステージにやってきたのかな。
今の気持ちは、あの時の感覚や悲しみと似てる。
と、そんな事を言っていても、山奥でひっそりと暮らしているわけでもないし、
社会も時計の針も止まらない。
しょーがないかあ、と、私も変化に向かって準備をする。
少しずつ少しずつ。
その合間合間に海に行く。
子供をそこら辺に放って、少し瞑想する。
ただ息を吸って、ただ吐く。
今と繋がる。
今の自分と繋がる。
こういう時に海が近くにあってよかったあって思う。
海は止まらない。常に。流動的に。
海を見ていると、変化への受容を促してくれるように思う。
「諸法無我。諸行無常。忘れるなかれ。そして進め。」
と大きなところから言われているような。
そして、潮の満ち引きを目で見て感じることで、
月と地球と繋がってることを、体感する。
2ヶ月間、体と心がお休みできてよかった。
地球や動物も、少しばかりの休息になっていたらいいな。
身の回りにある森や植物や自然にいっぱい癒やされたな。
ありがとう。そしてこれからも。
こうやって書いているくらいだから、
私の中でも次のステージに向かって、ある程度の覚悟はあるのだろう。
さあ、顎をあげて、次のステージに向かって、しゅっぱーつ!だー!