2020年8月8日土曜日

あれがコロナウイルスだとしたら 〜息子に励まされるの巻〜

 コロナウイルスの勢力がまた増してきた。
私の住む街にもじわりじわりとその手が迫ってきている。

私は3月中旬、パンデミック宣言直後あたりに、
おそらくコロナウイルスにかかった思われ、
結構しんどい風邪を引いた。

とはいえ、その時は検査することができなかったので、今でもその真偽は謎のままである。

この、コロナもどきの風邪の最初は、小さなのどの痛みだった。
それから明日にはよくなるかなと思っていても全然よくならならず、むしろ悪化していった。

そのうち咳がひどくなり、倦怠感が半端なく、肺が曇っているような重い痛みが出てきた。
もう治ってもいいだろうと思う10日をすぎてもよくならない。

夫も同じような症状だったけれど、
彼に至っては「明日病院送りかもしれない。」と思うほど咳の発作がひどく、しかも長引く一方なのでかなりドキドキした。私よりも症状が重かったのは間違いない。

もちろん何度も811に電話したし、特に夫は咳の発作がひどいのでドクターとも数回話した。

だけど、2人とも熱がなかったので
おきまりの「たぶんコロナウイルスっぽいけど、呼吸困難でなければ様子見て」という言葉が返ってくるだけで咳止めシロップとタイレノールを頼みの綱に過ごした1ヶ月だった。
もちろんその間は家の敷地からは一歩もでていない。

同時に、あの時は体のみならず、メンタルへの影響が半端なかった。

当時、私が抱いた恐怖は3つ。

「私がコロナだったとしたら、最後に会った人にうつしてしまっているかもしれない恐怖」

「夫が明日病院送りになって、そのまま会えずに死んでしまうかもしれない恐怖」

「私と夫が2人とも呼吸困難に陥ったら、誰が子供の面倒をみてくれるのか。子供を置き去りにする恐怖」

どれも同じくらい恐ろしかったけれど、特に子供を置き去りにするかもしれない恐怖はかなり堪えた。だって「お母さんもお父さんも大丈夫だよ!」と言い切れないのだから。

幸い、私の方が2週間を過ぎた頃から体調が回復したので、3つ目は途中で解消された。

1つ目も心に暗い影を落とした恐怖。
実は「喉がちょっと痛い、、気もするかな?」程度の時に、ママ友さんたちとスノーボードに行ってしまった。その時は気のせいかも。って思っていたけれど、日が経つに連れてどんどん悪化していった時は、本当に後悔した。その中の一人はホームケアナースだった。取り戻せない後悔。

幸運なことに、一緒に行った人達は2週間過ぎてもみな無事で、ナースの友人も陰性だった。
喉が痛いことは宣言していたので、距離を保ってもらったことと、一緒にいる時はほとんどグローブ、ゴーグル、フェイスマスク状態だったことがよかったのかもしれないと今になっては思う。

2つ目の夫を失うかもしれない恐怖は最後まで残った。
今思えば「大げさな!」と思うかもしれないけれど、当時はリアルな恐怖だった。

そして、あれから早5ヶ月近くがたち、またコロナウイルスが再燃している。

私は、コロナウイルスの感染拡大や重症化が恐ろしいというよりも、
コロナウイルスが再燃していると聞くと、メンタルのトラウマの方も再燃して、
あの時の不安な気持ちを思い出してしまう。

それで、今日はなんだか心が沈んでしまい、話す元気もなくなり、
久しぶりにコロナウイルスについてあれこれ検索してしまった。

そんな私をみていた、息子が、

「ママは、またコロナにかかってママとダダ(父)が入院することになったらどうしようって思ってるんでしょ?そうなったらオレ、ルナとなんとかやるから大丈夫だよ。それに、子供はコロナにかからないってみんな言ってるから大丈夫だよ。」

と言ってきた。

もうその言葉が、ツボすぎて、
あんまり泣かない私だけど、いろんな想いが溢れて涙が出てしまった。

それと一緒に

「あんまりいろいろ見過ぎちゃダメだよ。考えすぎるのが一番よくない」

と。

なんだよ、大人みたいじゃない。偉そうに(涙)

あなたたちを置き去りにするなんてこと絶対ないよ。
どんなことがあっても。

コロナが実際怖いのかどうか、私もいまだにわからない。
ただの風邪のような気もするし、やはり恐るべきウイルスなのかもしれない。

けれど、確実に私の中にある種の影を落としたウイルスであることには間違いない。
コロナ鬱という言葉に含まれる感情なのかもしれない。
そして、まだトラウマとなった恐怖や不安との共存の仕方をまだ模索しているところでもある。

長丁場になりそうな予感。

もしこれを読んでいるあなたがコロナにかかっても、
私は責めたり偏見の目をもったりしません。だから安心してね。

それくらいしか言えないけど、、、みなさん気をつけてね!

2020年8月2日日曜日

家が売れた

去年から家を売りに出していました。
この春はコロナ騒動もあって、不動産的には全く動きのない数ヶ月を送ることになってしまい、もう無理かなあ〜なんて思ってましたが、先月さっくりと売れました。

家を売りに出していた理由はいろいろあるのだけれど、
5年前に見ていた景色や目指していた生き方と、
今見ている景色とこれからの生き方が少し変わってきたというのも大きなの理由です。

5年前にこの家に来た時は、上の子が5歳、下の子が3歳でした。
この家は、庭があって、プライベート感があって、海が見え、一目惚れして購入したはじめての一軒家です。

街から15分かかるけど、当時は人付き合いでもちょっと無理してたこともあったし、
街から少し離れているくらいがちょうどいいや〜、なんていうのもあって。

で、実際はどうだったかというと、しばらくは本当に充実していました。

今の家に引っ越ししてから、
地球への負担を少しでも減らせるような暮らしができたらいいなと思って、

心に描いていたことが、規模は小さいながらもほとんど実現できたし、
薪の暮らしも、毎日海が見えることも、ガーデンができることも幸せでした。
夫と一緒に手仕事もたくさんやって、心も豊かだった。
同時に、自然に近い暮らしをすることの大変さもよくわかった。




はじめてのトラック



やがて、子どもが成長するにつれて学校が始まり、
日々の暮らしが慌ただしくなった。

私が惚れ込んで入れたシュタイナー教育も、息子には合わないことを知った。
親の思いと子供の興味は違うものなんだと一度受け入れてからは、
理想の子育て像みたいなものも、こだわりも、どんどん薄くなっていった。

夫は仕事に精力を注ぎ、事業拡大の話もやってきた。
彼は本来、起業家気質で仕事とマウンテンバイクが生きがいな人。

私は私で、新たにやりたいことがどんどん出てきて、結局は、言葉を使って発信すること、なにかプロジェクトに没頭するのが好きなことを再確認した。
子供もプリティーンに差し掛かってきて、子育ても楽になってきたし、自分自身を充実させていきたいと思いが溢れるこの頃です。






そういうわけで、後半の数年は、思い描く暮らしができているかどうか、というよりは
家族にとってベストな暮らしとはなんだろう?と思うようになりました。

さらにこの思いを強くした出来事として、
サステイナブル的な「思い描いた暮らしができる喜び」が想定内のものだとしたら、
夫のビジネスを通して得た人生教訓が、予想外に大きく影響したというのもありました

このブログではあまり書いてこなかったけれど、
小さくてもオーナー業をしていることで、
自由という不自由さの中で責任を取ることの勇気であったり、
この立場にならなければわからなかった様々な葛藤を、
自分の心の中にだけしまっておくことができるようになったのも含めて
私自身、大きく成長したように思います。

だから、今家が売れたことで、「さあこれからどうしようか?」と思った時に、
次の一手は、今までの5年間とは変わったものになるだろう、と感じます。

それは、今まで愛してきた価値観を背中に、新しい未知の未来に向かって進むような、
寂しさとワクワクが一緒になった気持ちです。
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さて、そんな風に暮らしのカタチが変わっていく中で、

私も新たに

内観向けのタロットカードリーディングHeart Map Tarot Reading

をはじめました!

布ナプ屋さんのEco moon padをやっていた時の
「布ナプが自分のことを愛するキッカケになってほしい」という想いをそのまま、
形はタロットカードに変わりましたが、Eco moon padの想いを引き継いで、
タロットを通じてみなさんと繋がっていけたらいいなあ〜と思っています。
(なぜタロット?的なことはwebsiteにも書いてあります)

タロット好きの人も、そういうのはちょっと遠慮するわという人も、
占いとはひと味違うタロットリーディングなのでぜひぜひ1度試して頂けたら嬉しいです。

Websiteはこちら→ Heart Map Tarot Reading 
最近始めたばかりですが、ココナラさんにも出品しています 

応援よろしくおねがいします!!



引っ越し準備がんばろう〜!





2020年7月19日日曜日

Yogi is on BMX -11歳の誕生日-

息子が11歳になりました。

しばらく涼しくて雨の多い夏だったけれど、今週から夏到来。
今日もとっても気持ちのいい、風が爽やかな夏日でした。

BC州はコロナの影響も少ないのもあって、
コロナ禍でもずっと一緒にいたクラスメイトの仲良しの子たちと誕生日会をやりました。

誕生日会といっても、近所に新しくできたBMXのPump Trackで遊んで、
学校の校庭でピザを食べて、Capture the flag(缶蹴りみたいな遊び)をやるというシンプルなもの。

毎年誕生日の時が、同じ子たちをまとめて見る機会にもなっているのだけど、
年々、みんなかっこよく、面白く、そして熱い奴らになっていく。

今日のPump Trackでは正直みんなかっこよかった。

この歳になると、長い間BMXやMTBをやってる子達は、頭角を現してくるので、
でかいステップアップジャンプの急な下りのアプローチも、
果敢に鬼漕ぎしながら飛んでいく姿を見てると惚れ惚れしてしまう。

みんながみんな上手なわけではないけれど、
それぞれが「あいつやべーな!」みたいな感じで、
お互い影響を受けて、自分をプッシュしていく「男の世界」が始まっている。

そんな子供に混じって、今日のBMXトラックには、
長髪ドレッドにTattoがっちり入ってる、キレッキレのライダーがいました。
名前はYogi(本名だそうだ)

どういう流れか忘れちゃったけど、
子どもたちがちょこちょこYogiとおしゃべりをしはじめ、
やがてYogiがBMXのコツを子どもたちに披露し始め、
いつのまにかYogiの周りに全員集まり、いつのまにか一緒にセッションが始まり。





熱いっ!!

ああ、ストリートスポーツっていいわ〜〜。
「好き」という気持ちだけで、年齢も人種も見た目も全部飛び越えて繋がれるんだから。

前に息子が

「スケートパークにいるお兄ちゃんたちって、見た目怖そうだけど、みんないいやつなんだよ。スケート愛する人には悪いやつはいないんだ」

と言っていたのが脳裏に響く。

今日は、

「BMXを愛してる人に悪いやつはいないんだ」

そんな声が聞こえてくるよ。

さて、BMXを終えて、缶蹴りしにいくために移動。
自転車降りて遊んでいる時はみんなおバカで可愛い。

かれこれ5年近くお互いがお互いを知っているから、
前はシャイであんまり話してくれなかった子も
最近は私にもいろいろ話してくれるようになった。

息子を除く7人の子たち全員と付き合いたいと思うほどみんなそれぞれ良さがある。

ほんっと、みんなかわいい!男の子かわいい!!

それよりも、なによりも、そんな奴らが息子の友達でいてくれることに感謝。

それがなによりの誕生日、いや一生もののプレゼントだよ。

息子よ、お誕生日おめでとう!!




2020年7月8日水曜日

ルービックキューブと折り紙

ホームスクーリング月間が終わって、しばしの学校生活の後、長い夏休みに突入。

気がついたら息子もあと一週間で11歳になる。
9月からは6年生。
小学校6年生の息子を持つ親になると思うと感慨深い。

少なくとも去年までは、楽しいこと、アクティブに動いていることが好きな息子だったけれど、ここのところ家でダラーーっとしている時間も欲するようになった。

「I need alone time so go to shopping now!」といって、留守番をしたがるようになったのだけど、あれ、、、??I need alone time...その言葉は私のものではなかったか、、、?笑



それに加えて、「Boring....(つまんない)」が口癖になりつつある。
じゃあ何をするかというと、特にしたくない。
自転車も、散歩も、してもいいけど、別にしなくていい。
そんなお年頃のようである。


そんな息子でも、ホームスクーリング期から今まで、地味にやり続けていることがある。

ルービックキューブと折り紙。

ありがたい世の中で、この2つとも私が付き添って教えてやるほどの気力と知識がないけど、今や興味あることをささっとyoutubeで検索したら、誰かが教えてくれる。


赤じゃないのが惜しいけど、youtubeのシンボルだって、、、。


子供が成長するにつれ、子供優先であれこれ一緒にやらないと!という強い想いが少しずつ薄れている過程にある私には、たた単純にありがたい。

自分で考えることも大事だけど、情報を上手に活用していく今の時代に、
私の時代の話を当てはめてもしょうがないなーと思うこともその中のひとつ。

何もやりたくない、という
子供を放っておく自分を許すことにした。

さて、その成果として、息子はルービックキューブの全面揃えを自分で達成し、
なぜだか折り紙にえらくハマっている。

論理的で手先が器用な彼なので、そのとおりといえばそうなんだけど、
退屈退屈言いながらも、何か自分で探していくものだなあ〜と感心する。

ちょっと前まで「次はなにするの?」「その次は?」と、
空白の時間が苦手な子どもたちだったけど、
「じいっとすることもあり」が子供の選択肢に入ってきたことを嬉しく思う。

息子と2人でじいっとしていると、1日が早く過ぎる。
(娘はおうちタイムが好きなのでいいのだけど、家でちゃかちゃか動いているタイプ)


シンプソンズ漬けになりそうではあるけど。。。

冷夏の夏休み、まだまだ親の体力温存中 笑





2020年6月28日日曜日

体に記憶された感情

かれこれ15年くらい、首の痛みに悩まされている。
特にここ数年、裁縫作業をするようになってから襲ってくる首の痛みがひどく、
ギックリ腰ならぬギックリ首で動けなくなることが年に数回はある。
診断的には頸椎版ヘルニア。

元を辿ればスノーボード時代の度重なるむちうちが原因だったかもしれないし、最近の裁縫やコンピューターワークや姿勢の悪さが原因かもしれない。
ありとあらゆることを試し、それなりに気をつけているけれど、
とにかく私の悩みの種であることは間違いない。

そんな中、先日、4ヶ月ぶりにかれこれ10年お世話になっているRMT(マッサージセラピスト)のシェリのところに行ってきた。

最近パソコンワークが多かったので、首がかなり硬くなっていたなとは思っていた。
けれど、これが、シェリの指が入らないほど固まっていた。
こんなに硬いと、これは好転反応がくるだろうな〜と思っていたらやっぱりきた。

それも、ド級にひどいやつが。

日頃から、トリートメントを受けて頭痛と浮遊感がくるのはしょっちゅうなので、
あまり気にはしない。けれど、それにしても今回は頭痛がひどい。体もしんどい。

(シェリの名誉をかけて言うと、私は反応を強く感じる体質なゆえに、今までいろんなセラピストのところにいっては、ボロボロになって帰ってくるということがかなり頻繁にあった。だけど、シェリのゴッドハンドだけは絶妙なところで大丈夫&メンタルのケアもされると言う、私にとってシェリはBest therapist everなのです。)

しんどい1日をなんとか耐えて、布団に入るも、何度かトイレに起きる。
起きる度に頭痛が緩和されているのに気づき、体が毒素を排出しようとしてるんだなあ。

と思って眠りについたのはいいが、、、、

ひどい夢を見た。

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夢の内容は、20年以上前の私の中のトラウマの再現。

トラウマの中でも、一番強烈なある日の出来事が、夢の中でリアルに再現される。

そして、、、

「助けて!」

と言って目が覚めた。



ついでに、夢からさめるギリギリのところで、私は「絶対に許さない」という感情を味わっていた。

「絶対に許さない」

文字通り、強烈な感情。

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夢から目覚め、しばらくして冷静になって振り返ってみる。


「その出来事」は顕在意識的には、もう消化済みの出来事であり、
何度もしつこく過去ワークしたイシューであり、
許すも許さないも共存だなあ〜、なんて、
自分の中で和解してほっこりした気持ちでここ5年くらい過ごしていたので、
「絶対に許さない」という感情自体にびっくりした。
私の中にしっかりと、残っているからこそ出てきたのだろう。

そして、こんなタイミングでこの夢を見るということは、
もしかして私の首にはこの感情が溜まっていたのかも。と思い始めた。

体にトラウマが刻まれるという話は知っているし、そりゃそうだろうな、と思う。
だけど、こんなにもダイレクトに、しかも記憶とピンポイントに繋がる感情を体感したのは初めてだった。

おそらく、セラピストがシェリでなければ、この感情が素直に首を通して出てくることはなかっただろう。

ともあれ、この話を、速攻シェリにテキストすると、

「その通り!
感情は波動になって体の筋組織や臓器に流動的に留まることがわかっているの。
そうなると同じ部位にストレスを溜め込んでしまうものなのよ。
表面に出てきてよかった。しんどいかもしれないけど、感情リリースには大切なことだから」という連絡がきた。

このタイミングで、長い間悩まされている首の痛みの奥底に眠っていた記憶が
表面に上がってきてくれたことを喜ばしくも思う。
しかし、当事者である今の私は顕在意識の中では、
「もうそのことは終わりでいいじゃん(やれやれ)」と言っているのだから不思議だ。

なにはともあれ、出てきた感情を受け止めて、
過去の辛い時を生き抜いた自分と、今ここにある暮らしと家族。
その全てをお祝いしよう。

そう思っていると、心がむにゅう〜と柔らかくなって、胸がじわーっとあたたくなる。

「頭でなくて、心で傷つこうよ」

そんな言葉を思い出す。

そして少し泣きたい気分になる。


この気持ち全てひっくりめて「愛」であるかのように。

その頃には、首の痛みもだるさも、頭痛ももう消えていた。







昔は、早く手放したくて仕方なかったトラウマだけど、
今は、それもひっくるめての自分だなとも思えるようになった。
またきっとベストなタイミングでたまに顔を出すだろうから、
その時は向き合ってお付き合いしていこうと思う。

今日のところは、まだ許せていない私へ、
それもそうだよねっ!と言ってあげよう。
あの時の私に、今の私からありったけの感謝と光を送ろう。

世の中手放しブームだけど(笑)、無理しなくても、
必要なときに、必要なタイミングで手放せるようになっていると信じて、
それまでは、共存していくのもありだよね、って思います。

そもそも、トラウマを乗り越えて、トラウマと共存して今ここに存在していることだけでも、すごいことだよ。

だから、わたしと同じような道を辿ってきたあなたへのメッセージ。

”あの時、どんなに勇敢だったか。そしてあれから遠くまで来たからこそ今がある”






そして、首を労るためにも、デスクワークもほどほどにしていかないとね。(←これがなかなか難しい〜)



2020年6月24日水曜日

学校が始まり、そして終わる

BC州は6月1日よりパートタイムで自主登校が始まりました。
そして早いものでもう終わりました〜。

たった1ヶ月だったけど、学校行けてよかった!!

子供や家庭によって考えや性格は違うと思うのですが、
特にうちの息子は、ずっと家族だけで家にいる状態が続いて、
メンタルにかなりダメージが来ていたのを感じていました。

この下の動画は、カナディアンのティーンの子が作ったショートフィルムなんですが、
まさに、息子のメンタルもこんな感じでした。

はじめのうちは、状況も理解してすっごい頑張ってたのよ。でもね、、、長引くにつれて。





特に最後の方は、神経が繊細になっていて、
妹との喧嘩が、別れ寸前の傷つけ合うカップルみたいに。
どうしたらそんなにドラマチックになる?!という、エモーショナルな喧嘩ばかり。
それも、このショートフィルムのタイトルのように「感覚が麻痺していく自分」への抵抗だったのかもしれないな、なんて今になって思います。

そんな頃に学校に行けるようになったことで、
初日からメンタルのストレスがかなり緩和されたのが、一目瞭然でした。

クラス自体は、多くて7人、少ない時は2人という超少人数制みたいだったけど、
仲の良い、外で遊ぶのが好きな子はほとんど来ていたので息子的にはよかったです。
こちらは、日本みたいに、マスク着用とか、衝立があるという感じではないので、
子供もそんなに違いに戸惑うこともありませんでした。
先生も子供たちを温かく迎えてくれて、勉強はほとんどしていないけれど、先生ともいっぱい話ができてよかったみたい。先生にも感謝です。

そして、学校が終わってからは、
3時になると友達同士で自転車にのって、
近所のPump Trackに行ったり、学校の校庭で遊んだり、
Screen Free且つFree Range Kidsとして、
適当に遊びにいって5時位に迎えに行くといくといつも汗びっしょり。

ソーシャルディスタンスを守るという意味で、人の家には殆どいかず、自転車が基本。

下の動画は、同じ女の子が作った別のショートフィルム。
息子もほんと、こんな感じ。よくわかるわ。





という超健康的な日々が続いた1ヶ月。

Covid19の前は、実はあんまりそういう機会がなくて、習い事で遊べなかったり、
遊ぶときも親同士でアレンジして、結局ビデオゲームして遊ぶ的な流れになったり、
はたまた、プールとかトランポリンの施設に連れて行ったりしていたので、

今のように何もできない、何も開いていないことで、
外でしか遊べず、自由が増えた。という結果に。

私は子供の学校の学区域からはだいぶ離れたところに暮らしているから、
毎回好きな時にぴゅっと遊びに行くということはできないのだけど、
この1ヶ月で、息子や息子の友だちを信じることをお互い育てられた気がします。

まあ、でも10歳そこらの男子のことだから、
人様に迷惑をかけないようにと、信じながらも、
何かあったらすぐ飛んでいく準備だけはして。
(実際、もうちょっと上のティーン達の行動でアウトなものも目撃されてたりも)

そこらへんも、子供だけじゃなくて、親同士の絆も育ってきているので、
みんながみんなを見ている、という安心感もあるのがすごく心強かった。

Covid19がなかったら、こんな単純な幸せが目の前にあるのに、
忙しさの中に紛れて、体験できなかったのかもしれない。

とすら思います。不思議なもので。

娘の方は家に居てもいいと言っていたけど、結局学校行き始めたら
毎日楽しくて、終わっちゃってがっかり。と良い気分転換になった様子でした。

いまのところ、私の周りでは誰もCovid19にはかからず、
スッキリとした気持ちで夏休みに突入できて本当によかった。

私達家族の結論としては、
オンラインも素晴らしいけど、
人と直接会うことの大切さ、それも教育の一部だと痛感した自粛期間だったな。

どうなるかわからないけど、9月からは学校がフルタイムで始まるといいなあ。

実はうちの家族は3月の時点でコロナウイルスにかかった可能性があるので、
これにてご免となってほしい!と、またその話は別の記事で〜。

2020年6月6日土曜日

倒しておく8本の柱 〜おから再活研究所より〜

おから再活研究所の松田由己さんのブログの
「倒しておく8本の柱」という記事が
今の私にとても響いたので紹介したいと思います。

松田由己さんは、私の長年の友人の、長年の友人で、
日本中、そして世界中、数年前にはここバンクーバーでも「おからで作る味噌ワークショップ」を開くなど、廃棄物となってしまうおからを通して、食について文字通り活動的にあちこち飛び回っていらっしゃいます。

おから再活研究所のウェブサイトはこちら→おから再活研究所

由己さんとは、バンクーバーで「おから味噌ワークショップ」があった時に、
友人と一緒に我が家に立ち寄ってくれたのが出会い。
「大切な友人にとって大切な友人は、私にとっても友人」という風に感じる(と私は勝手に思ってます)とても素敵な女性です。

さて、ブログの一部を紹介とおもったけれど、
万人の人にとっても、自分軸で生きるための指針になると思うので、
全文で紹介させて頂くことにしました。

ぜひぜひ多くの方に読んで頂きたいです。
どこか特にひっかかるところありませんか?

という私もドキッとすることが数カ所。

中庸な生き方に惹かれる今の私には、
たびたび思い出したい8本の柱です。
瞑想のお供にも良さそうです。

では、以下引用です。

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「倒しておく8本の柱」

ふと、不安になるときがある

「気になって眠れない」という経験は
数えるほどしかないくらい

睡眠によってチャージされるという
楽観的な性質な私でも

不安で仕方がない時がある


そんな時に思い出すのは

起業するもっと前から、自分に課した「8本の柱」

不安に支配されそうな時
諦めてしまいそうな時
思い出しては、噛みしめる

「依存しない」

「執着しない」

「嫉妬しない」

「自惚れない」

「比較しない」

「反芻しない」

「反省しない」

「期待しない」

自分の目標の人物像を作ること
自分の「こうありたい」イメージを持ち続けること
「絶対」はありえないと留意すること
何かを始める時は
良きも悪きも、一切の変化を受け入れる覚悟を持つこと


心当たりがあるときには

「依存している」のは、なぜ?
「執着している」のは、なに?
「嫉妬している」のは、だれに?

端から全部、当てはめて行き
心の中身をクリアにすること


久しぶりに、読み返した
今、再度心に留めておきたいので

これは、自分への備忘録として

今、独りで抱え込んで苦しい想いをしている人がいたら
届けてあげたい

私なりの解決法

「自分と向き合う」

明日も一緒に
歩いて行きましょう。


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一般社団法人おから再活研究所
コミュニティおかラボ!運営

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引用終わり