長野の旅を終えたその足で、伊勢神宮に向かいました。
UGはまだ伊勢神宮に行ったことがないといっていたから
今回ぜひ一緒に行きたいと願っていた想いが叶いました。
伊勢に向かった日は、10月の連休明けでした。
お休みが終わるのをまっていたかのような、久しぶりの大雨。
そのおかげで伊勢神宮の森は、水分をたっぷり含んで荘厳な気配を漂わせていました。
内宮にて、アマテラス大御神にご挨拶しようとした直前に、とある友人から、一本の電話がかかってきました。
人生は時として、すごいスピードでめまぐるしく展開していくことがあります。
その波を乗りこなすまで、私たちはもがきます。泳ぎ方がわからないのです。
でも、やがて波に乗れたとき、その波は、穏やかで、気持ちよい光に満たされた、大海原に私たちを運んでくれます。
久しぶりの友人の声から、そんなメッセージが伝わってきて、
胸がぎゅうっとなりました。がんばろー!
そのご、神殿の前で、お賽銭をしようと思ったら、お財布の中身は5円と50円ばかり。
はっ!5という数字は、先ほどの電話の友人にちなんだ数字だったのです。
神様から合図は、おしゃれで、さりげなくて、優しい。
そのあと、アマテラス大御神の荒御霊(あらみたま)にご挨拶に行った時も不思議なことが起こりました。
荒御霊の神殿で、わたしは、「ありがとうございます。ありがとうございます。」と心の中で何度も唱えていました。
そしたら、私の隣で参拝していた方が突然、「ありがとうございます、ありがとうございます」と声に出して唱え始めたのです。
心の内が読まれたのかと、一瞬ビックリしました。
「ありがとうございます」という波動が知らないうちに共鳴しあっていたことを嬉しく思いました。
気持ちのよい氣が流れているところで、
そこにある精霊や氣の流れに同調して身を委ねることができた時、
精霊は自らの存在を、私たちの前に示してくれます。
��パワーのおへそ)
翌日は、うってかわったような晴天。
早朝、天の岩戸を訪れました。
天の岩戸に姿を隠していたアマテラス大御神が、岩戸を開いて、世の中に光をもたらしたと言われる場所です。
ここのわき水は、日本の名水100選にもなっています。
口当たりがとてもまろやか。
私の大好きな月読宮も訪れました。
この日はちょうど神嘗祭(かんなめさい)という大きなお祭りでした。
新米を奉納する山車をひっぱりエイヤーというかけ声、太鼓と笛の音が、心地よかったです。
伊勢神宮を知ってから、神社が好きになり、より日本が好きになりました。
森と海と空がまじるOutdoor Capital of BC, Squamishから発信! Universe + Earth = Uniearth ここで出会った色イロ紡いでいきます。
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- 10月 2008
2008年10月23日木曜日
2008年10月22日水曜日
山のコロモガエ、秋、一瞬のイノチの移ろい ~涸沢2008~
真っ青な秋の青空
時たま空を横切るすじ状の雲
香りたつコーヒーの湯気
清流のせせらぎ
岩の上であぐらをかいて、一息。
熱くなった身体が冷めないうちに
淹れたてのコーヒーと一緒に、
そこに存在するきもちいいもの全部を、身体に運ぶ。
標高2300mの日本屈指の紅葉の名所、上高地 涸沢。
最高のタイミングで、最高のお天気に、最高の仲間と、
お山の衣替えに立ち会うことができたよ。
冬前のこのほんの一瞬の’紅葉’というできごとに、
心が見事に奪われてしまって、しかたない。
真っ赤に燃えるナナカマドは、七回かまどに入れてもなお燃え残る、木材として優秀な木だという。
しかし、その女性的な細い幹に、そんな力強さがあると、
推し知ることは容易ではない。
夏の間は眩しいほど生命力あふれる緑だった木々は、
赤、黄色、緑、茶色に、衣替えをして、
今は、溢れるような力強い生命力ではなく、
どこか人の心をほっとさせてくれるような、
おじいちゃん、おばあちゃんの優しさみたいなものを感じるのはなぜだろう。
生から死までの、
すべての顔を合わせ持つ自然という大いなる命の寛容さに、
言葉にならないもので、ただただ胸がいっぱいになるばかりであります。
緑、黄色、赤、茶色そして青い空
これが私たちの暮らす星、地球の、雄大な山のEarth Color。
お山の絵の具なんだね。
悠久の流れの中で絶えず変化し続ける、大自然と呼ばれる命の移ろいは、はかなく、また優雅。
都会暮らしでちょっと忘れていたけど、
自分もこの大自然の一部、いや、そのものなんだと思い出した瞬間に、
やっぱりとてもうれしくなったよ。
さて、今回わたしは上高地から涸沢を経て、登山者達が憧れを抱くという北アルプス槍・穂高連峰のテント4泊5日の縦走にいってきました。
涸沢を出てからの縦走は、忘れられない人生の一ページとなりました。
ええっと、怖かったよーっていう意味で!
それもまたupするんでよかったらお付き合い下さいませ。
時たま空を横切るすじ状の雲
香りたつコーヒーの湯気
清流のせせらぎ
岩の上であぐらをかいて、一息。
熱くなった身体が冷めないうちに
淹れたてのコーヒーと一緒に、
そこに存在するきもちいいもの全部を、身体に運ぶ。
標高2300mの日本屈指の紅葉の名所、上高地 涸沢。
最高のタイミングで、最高のお天気に、最高の仲間と、
お山の衣替えに立ち会うことができたよ。
冬前のこのほんの一瞬の’紅葉’というできごとに、
心が見事に奪われてしまって、しかたない。
真っ赤に燃えるナナカマドは、七回かまどに入れてもなお燃え残る、木材として優秀な木だという。
しかし、その女性的な細い幹に、そんな力強さがあると、
推し知ることは容易ではない。
夏の間は眩しいほど生命力あふれる緑だった木々は、
赤、黄色、緑、茶色に、衣替えをして、
今は、溢れるような力強い生命力ではなく、
どこか人の心をほっとさせてくれるような、
おじいちゃん、おばあちゃんの優しさみたいなものを感じるのはなぜだろう。
生から死までの、
すべての顔を合わせ持つ自然という大いなる命の寛容さに、
言葉にならないもので、ただただ胸がいっぱいになるばかりであります。
緑、黄色、赤、茶色そして青い空
これが私たちの暮らす星、地球の、雄大な山のEarth Color。
お山の絵の具なんだね。
悠久の流れの中で絶えず変化し続ける、大自然と呼ばれる命の移ろいは、はかなく、また優雅。
都会暮らしでちょっと忘れていたけど、
自分もこの大自然の一部、いや、そのものなんだと思い出した瞬間に、
やっぱりとてもうれしくなったよ。
さて、今回わたしは上高地から涸沢を経て、登山者達が憧れを抱くという北アルプス槍・穂高連峰のテント4泊5日の縦走にいってきました。
涸沢を出てからの縦走は、忘れられない人生の一ページとなりました。
ええっと、怖かったよーっていう意味で!
それもまたupするんでよかったらお付き合い下さいませ。
2008年10月7日火曜日
森は本当に必要か、否か?!
生まれて始めて、ラジオリスナーというヤツになりました。
日本のラジオってなかなか面白いんだね。
視覚に頼らず、ことばと音だけで、人なり、風景なりを想像するのが楽しいです。
それでですね、今日も森と環境問題について、現役高校生とタレントが話し合うっていう番組がやってました。
結構びっくりした意見も飛び交ってて、
「街で育ち、木を見ないで育ってきました。森が危機だと言われても、自分は実際木を見ないで生きてきてるし、なにがそんなにマズいのかわからない。」
「森なんていったことない。行こうと思わない。虫がいるからいや。」
「地球の氷河が溶けたら、なんで困るの?」
「1秒に何ヘクタールも地球上から森が消えるとかっていうけど、そんなスピードだったら、地球上にもう森はないはず。だから、実際は大丈夫なんじゃない?」
などなどと、意見が出てました。
環境ビジネス戦略の糸にいいように操られてるとかもあったな。
これらの意見は、高校生だけじゃなくて、オトナから出たものもあったので、はじめ、聞いてて「ええーっ!?」って思ったけど、
まあ確かに、都会でずっと育ってきたら、「森が、木が、何で大切か」なんて、感じる機会もないし、そばで見てないとわかんないよな。
たとえ、頭の中では理解しても、体験なくしては、机上の理論になっちゃうし。
かくゆう私も、森知らずで育った一人ですし。
人ごみはスイスイかわせるくせに、野ションもできない線の細い女だったよ、昔は。
「知らない」ということは、仕方のないことだ。
でも、「知らない」ままでは、やっぱり、ちょっと怖い。
その後、森林のスペシャリスト、登山家が番組を通じて高校生にお話をします。
これが、なかなか興味深かったです。
私も知らなかったことを聞けて、いい勉強になりました。
すごいなあーと思う高校生も。
彼女たちは、学校の給食や会社でゴミになった割り箸を全部集めて、近くの紙工場に持って行って、紙に変えるプロジェクトをやっているそうだ。
素晴らしい。クリエイティブだな~。
わたしもなにか!と背筋がただされますね。
そのうち、みんなの意識が変わっていって、最後には、じゃあどういう意識で森と環境問題と接したらいいのかな?
っていう答えをみんなで出すまでに至ります。ヨカヨカ。
最後に、インディアンの素敵な言葉をひとつ紹介します。
「自然は、子孫に残すものではなく、子孫からの預かりものだ。」
都会にいると、どうしても見えないことがあるけれど、
自然を知っているひとが、森を通して、「こころで見たこと」を、知らない人へも楽しく伝えられたらいいなあと。思いました。
ウシっ!おいらもがんばるぞー。
と、今日のところは、背筋を正すことからはじめてみるUniearthでした。
というわけで、来週は紅葉に出会いに北アルプスへ山登りにいってきます!
森のパワー体感してきます!
日本のラジオってなかなか面白いんだね。
視覚に頼らず、ことばと音だけで、人なり、風景なりを想像するのが楽しいです。
それでですね、今日も森と環境問題について、現役高校生とタレントが話し合うっていう番組がやってました。
結構びっくりした意見も飛び交ってて、
「街で育ち、木を見ないで育ってきました。森が危機だと言われても、自分は実際木を見ないで生きてきてるし、なにがそんなにマズいのかわからない。」
「森なんていったことない。行こうと思わない。虫がいるからいや。」
「地球の氷河が溶けたら、なんで困るの?」
「1秒に何ヘクタールも地球上から森が消えるとかっていうけど、そんなスピードだったら、地球上にもう森はないはず。だから、実際は大丈夫なんじゃない?」
などなどと、意見が出てました。
環境ビジネス戦略の糸にいいように操られてるとかもあったな。
これらの意見は、高校生だけじゃなくて、オトナから出たものもあったので、はじめ、聞いてて「ええーっ!?」って思ったけど、
まあ確かに、都会でずっと育ってきたら、「森が、木が、何で大切か」なんて、感じる機会もないし、そばで見てないとわかんないよな。
たとえ、頭の中では理解しても、体験なくしては、机上の理論になっちゃうし。
かくゆう私も、森知らずで育った一人ですし。
人ごみはスイスイかわせるくせに、野ションもできない線の細い女だったよ、昔は。
「知らない」ということは、仕方のないことだ。
でも、「知らない」ままでは、やっぱり、ちょっと怖い。
その後、森林のスペシャリスト、登山家が番組を通じて高校生にお話をします。
これが、なかなか興味深かったです。
私も知らなかったことを聞けて、いい勉強になりました。
すごいなあーと思う高校生も。
彼女たちは、学校の給食や会社でゴミになった割り箸を全部集めて、近くの紙工場に持って行って、紙に変えるプロジェクトをやっているそうだ。
素晴らしい。クリエイティブだな~。
わたしもなにか!と背筋がただされますね。
そのうち、みんなの意識が変わっていって、最後には、じゃあどういう意識で森と環境問題と接したらいいのかな?
っていう答えをみんなで出すまでに至ります。ヨカヨカ。
最後に、インディアンの素敵な言葉をひとつ紹介します。
「自然は、子孫に残すものではなく、子孫からの預かりものだ。」
都会にいると、どうしても見えないことがあるけれど、
自然を知っているひとが、森を通して、「こころで見たこと」を、知らない人へも楽しく伝えられたらいいなあと。思いました。
ウシっ!おいらもがんばるぞー。
と、今日のところは、背筋を正すことからはじめてみるUniearthでした。
というわけで、来週は紅葉に出会いに北アルプスへ山登りにいってきます!
森のパワー体感してきます!
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