トランスジェンダーという言葉も目新しいものではなくなり、同性愛者の結婚が合法化されているBCでは、同性愛者のカップルもそこそこ身近にいるので、まだマイノリティーではあるけれども普通のこととして浸透しつつある。
そして今日、カナディアンの友人と話していて感動したことがあった。
彼女の高校生の息子によると、彼らの世代には、精神的に、トランスジェンダーもしくは男と女そのどちらにも属さないニュータイプの人がいて、そのどこにも属さないニュータイプな人達を、HeでもSheでもなく、"Ze"と呼ぶらしい。
これを聞いたとき、時代は進化している!とびっくりしたと同時に、ナイスランディング!と感心してしまった。
英語と日本語はさほどでもないけれど、ラテン語は、だれが決めたのかしらないけど、こと細かに女性名詞、男性名詞がある。わたしはそもそも、この分類がきにくわない。
そもそも、男性にも女性にも、心の内側に、太陽と月もあれば、花と剣がありるのだから、一方的に女はこう、男はこう、と決めつけらるのは違和感を感じる。
女性、男性、その両方もしくは反対、もしくは中性。
"Ze"があってもいいじゃない!
私の世代1970年後半に生まれた人達の中に、インディゴチルドレンと呼ばれる人達がいる。
インディゴのあとは、かなり数は少ないようだけどクリスタルチルドレン、最近はレインボーチルドレンがいるそうだ。
インディゴチルドレンは、インディゴ色の魂を持っていて、新しい社会を作るという使命のもと、古い体制と戦う人達とされている。
その後、インディゴチルドレンが築いた社会に、平和と調和をもたらすのがクリスタルチルドレン、さらに、すでに覚醒した魂をもっている平和の使者がレインボーチルドレンというそうだ。
私の世代&少し上の人達は、確かに社会と戦ってきたと思う。
搾取するシステムからFair Trade, grass roots運動をサポートし、エコという言葉で環境問題を声高に訴え、暴力による解決をよしとしなかった。(かっこよく言えば)
その下地のうえで生きているのが、ゆとり世代と言われる人達だ。
ゆとり教育だけではなくて、世代的に平和を好むおっとりした人達がいてもおかしくないと思うし、さらには'Ze"が生まれてもおかしくない。
わたしはこの国ではマイノリティーだから、様々な背景のマイノリティーの人達を知りたいし、受け入れられる心でいたいと思う。
太陽とるなを通じて、これからどんな世界になっていくのか、私も学ばせてもらおう。
あたまと心を柔らかく。