ラベル COVID19 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル COVID19 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2020年4月18日土曜日

BC州のCOVID19事情 ー4月17日現在ー

カナダの国境が封鎖されてからまもなく1ヶ月になります。
ここらで、在住だから感じるリアルなレポートを書いてみたいと思います。

カナダの感染者数は今日現在で3万人ですが、カナダといっても広いので、感染者数の80%はカナダ東部に集中しています。
アジア人口も多い西の玄関口であるBC州の感染者数が多くてもおかしくないのですが、
今のところ急増や医療崩壊は免れています。

その理由は、東部よりも春休みが2週間遅く人の移動が少なかったこと、国境封鎖や行動制限を早く取り入れられたことが幸いしたのではとのこと。



縦軸:人口100万人あたりの感染者数 横軸:感染者2名以降からの日数
上のチャートのカナダ版





今の所、一日あたりの新規感染者は30−50名程度で、総感染者数のうちの60%がすでに回復しているという状態です。(総感染者数:1618名 入院:120名(内56名ICU) 回復:966名 死亡:78名) 
亡くなられた方の1%は40代、残りの99%は60歳以上で、さらに75%が80歳以上とのことです。



病院の稼働率は50%を切っていて、病院のキャパシティーはまだゆとりがありそうです。(BC州はいくつかの大きな病院をCovid19専門にして対応しています。)
今起こっているクラスターケースの多くが老人ホームと刑務所です。(引用:BCCDC Covid Dataより)

そうなんです、悪くないんです。
BC州はヨーロッパやNYのような状況ではありません。

そして、今日、保健大臣のDixさんと公共衛生のトップドクターBonney Henryさんの会見で、BC州の現状と予測という会見がありました。

現状では「カーブが下降している兆候がある」という発言があり、
医学&科学的見地から見ると、ここでCovid以前の行動に戻るとカーブがスパイクし始めるが(赤線)、このまま行動制限を続けると5月の中旬にかけてカーブが収まっていくだろうとのことでした。
図を見ると、30〜40%行動制限を緩めても5月半ばから終わりにかけて落ち着いていくという感じですね。(←わたしの理解ではということになります)



だからといって、Social Distancing(人との距離を2m以上空ける)や具合が悪い時には自宅にこもる、不要不急の外出は避けるという行動制限が緩められるわけではないと強調していましたが、BC州在住にとっては明るい兆しです。

このDixさんとDr.Bonnie Henryはここ40日くらい月〜土で感染者数のアップデート会見を行っています。
なので、BC州在住者にとってみたら3時のおなじみの顔かと思いますが、
今日の会見でDixさんが今までになく熱弁していましたね。

「みなさんが行動制限を頑張ったからこそ私達は今この現状にある。
こういった行動制限で、みなさんがどんな犠牲をしいられているか。
それでも、行動制限を守り、ここまでこれたのは、不眠不休で頑張っている医療関係者、州知事および各行政の責任者、そしてあなたや近所の人達、みなさんのおかげです。感謝を申し上げたい。」

と力強く言っているのを聞いてなんだか涙が出そうになってしまった。
Dr.Bonnie Henryも毎回冷静でありながら、優しい口調なので、定例会見を聞いていても凹んだり、嫌な気持ちになることがなかった。

人々のメンタル状態やスニッチ(告げ口:人が人の行動を指摘して制するようなネガティブな状態)が横行していることをわかっていながら、優しい口調で

「他者への親切と思いやりの気持ちを忘れずに。そして散歩や自転車に乗って気分転換することはメンタルにとっても大切なこと」と毎日語りかけてくれていたことが癒やされた。

BC州に暮らしててよかった。

今日の会見でも学校の再開についての発言があり、
子供の学校からも、「数週間で学校に戻れるかもしれないが」というような文面が先生から届いたりしているので、5月あたりからなにかしらの規制緩和が段階的に行われていく兆しがあります。
今日の感じだと、まずはCovid19の影響で延期されていた手術から段階的に制限解除されていく感じがしました。

すべてはこの2週間次第なので、手放しでヤッター!とは思わない。
これからも、飛行機を使うような旅行などはしばらく行けないし、
Social Distancingや、在宅勤務、オンラインミーティングなどで人に近づかないようにすることは変わらないと言っていたので、それは全然そのまま継続されるでしょう。

コレ読んでくれているBC在住の方、気を緩めずこのまま頑張りましょう!

このがらっと変わった新しい習慣に慣れつつある私達人間も、
おそらく行動が元に戻るまでは怪我のリハビリみたいにおっかなびっくり徐々に戻っていくような気がするんですがどうなのかな。

余談且つ主観ですが、
私的には、ワクチンができたとしても、じゃあそれ打つか?と言われると、
そんなできたばかりのワクチンなんて安全性もわからないし悩んじゃうなーというのもあるし、きっとCovid19とは共存していくんだろうなと思ってます。

それとね、日本の政策がだめとか緩いとか、いろいろ批判的なニュースを見ますが、
私は日本すごい頑張っていると思います。
今日の会見でも日本がデータに出てきたけど、2月からコロナと共存しているのになんとか低位置での横ばいで、ずっと保ってきて、人口に対する死者数も少ない。
日本人の清潔好きや、靴脱ぎ文化、マスク文化も貢献している部分あるんじゃないかなと思います。

批判疲れちゃうから、自分がやるべきこと、淡々とやっていきましょー!


2020年4月13日月曜日

花のように凛と

秋に植えた水仙の花が満開になった。


しかし、太陽の方を向いて力強く咲く花は

私達にその美しい顔を向けてはくれない。

うちは南向きの斜面に立っている上に、
水仙の先には強烈な棘を持つブラックベリーブッシュが茂っているので、
こんなに満開なのに花を見ることができないのだ!









 ああ、よく考えないで植えてしまったな、と思ったのと同時に、


植えたときには、花はこっちを向いてくれるはずと、
人間目線でしか考えてなかったことを反省した。


人間に媚びることもなく、何にも惑わされず

ただ太陽の光が注ぐ方向に向かって、

生きるべき道に忠実である花を見ていると、ふっと笑いがこぼれそうになる。








強いなあ、植物は。

太陽の光を求めて
何にも惑わされず、
自分が大いなる一部であり、
それ以上でもないことを受け入れて
ただ、今この瞬間を凛と咲いているようにみえる。

今は、植物には本当に癒やされる。

変わらないもの。普遍的なもの。
惑わされないもの。
裏表のないもの。

そういうものの力強さに救われる。



次はこの子


私達も、その一部であることを、
肝に銘じて、
焦らず、淡々と

また再び咲き誇れるまで、
今はじっと土の下で力を溜めておこう。






2020年4月8日水曜日

移動しないという贅沢

自主的な隔離状態が始まって4週間目を迎えたBC州です。

私達も散歩や自転車に乗りに森に行く以外は家にいます。
平日の朝の10時〜3時までのスケジュールを組み、
子供が学校のことをやっている間に仕事して、
できる時は夫と交代して子供の相手をしたりしながら、
なんだか気がつけば今日も3時になった。

そんな感じです。

子供も、次何やるんだっけー?と自らスケジュールに沿って動くようになってきたので、少し前の
”何の枠組みもない、何していいかわからない日の連続”
よりはかなり調子よいです。

子供とずーーーっと自宅にずっといるなんてやったことなかったから、
私も子供もメンタル的にも大丈夫かなあと始まった頃には思ったのだけど、
これが実は、今まで抱えてたストレスから開放されて、わりとのびのびと過ごせているから自分でもびっくりです。






話変わりますが、私達は去年の秋から家を売りにかけてます。
ようやっと、3月の頭に交渉が成立しかけたのに、パンデミックに突入してお流れになりました。

家を売りたかった理由は大きく2つあって、
その1つは、私が「移動に疲れ果ててしまった。」ということでした。

我が家はスコーミッシュから15km離れたコミュニティーにあるので、
毎日子供関係の事で1日2往復は当たり前、ひどいと4往復するような時もあります。

さらに、子供の用事や習い事で、
スコーミッシュで時間を潰すことも多くて、そのため外食と出費も増えるという日々。
そこに自分の用事が入ると、さらに時間のやりくりが難しくなる。
いつも時間に縛られている。そういうフラストレーションが溜まっていました。

私としては子供のスポーツやアートは本人たちの意思がある限りは応援したいし、
そこにプレイデートやなんやかんや入ってくるので(←あまり乗り気ではないが)
夫に協力してもらいながら頑張っていたのだけど、
去年の春には、ぼーっとしすぎてハイウェイを逆走するというヘマをやらかしました。

あーもーだめだーーー。
これ以上、車じゃないとどこにもいけない場所に住んでるのは無理だわ。

そう思ったのがきっかけでした。

私の家の名誉のために言うと、うちはなかなかユニークな立地で、
プライベートロードの行き止まりにあるので、直接のお隣さんは1軒だけ。
そのためプライベート感があり、ガーデンもでき、日当たりの良い海が見えるおうちです(築50年だけど)。





つまり、今みたいな事態には、引きこもるには持ってこいの環境。
どこにも運転しなくていいし、森くらいしか行く場所もなく、人と合わなくていい。
子供同士の約束や用事のアレンジもしなくていい。
家事や掃除も詰め込むことなく、ミニマムに過ぎていく。
子供にかまえる時と、かまえない時でいうと、かまえない時の方が多いし、
いいお母さんじゃない時も多いけど、まあ子供もなんとかやっている。

この今の感じが
すっごい楽。
ストレスが、がくっと減ったのを感じます。



家からの秋の夕暮れ


今までの生活が、無理があったんだよね。
心と身体が、「やめてーー、無理だー」って言っていたのに、
世の中も止まらないし、私も止まれなかった。
特に私は、1日にあんまり多くのことをこなせるタイプではないし、
そんなにソーシャルでもないから、あのスピード感と選択肢の多さはきつかった。
そう思っているのは、私だけではないでしょう。

かといって正直、今の状態をこれでよかったんだ。と思えるほどの生活事情ではないのだけれど(うちは飲食業なんでモロに影響受けています)、とりあえず今日は生きれてる。家がある。食べ物がある。家族が揃ってる。

そう思いながら庭で寝転んでいると、どうにかなるような気がする。

そんなわけで、今こんなに家ライフが充実しているのなら、
「売る」を前提に考えなくてもいいや、と思って、
今日もにんじんやお豆の種を直播きしました。
お花の種もいろいろ撒きました。



ワイルドフラワーのガーデン



豊作だったおいも





時間がゆったりと過ぎていくから、
木々や鳥や空の微妙な変化にも気づく心でいられます。
小さな世界で意識してないとわからないような小さな変化を重ねながら、日々が巡ってくる。
思い起こせば、子どもたちが小さい頃は、日々そんな感じだったなあー。

うっかりすると、世界がパンデミックだということを忘れてしまいそうな、
穏やかな小春日和の中で思うのは、

世の中すでにInfodemic状態なので、右にも左にも振られすぎずに、
自分の目線で、自分の窓から見える世界を広げていかないとなと思います。





私達の目の前にあるのは、自分の前に広がる「今この瞬間」という現実だけです。
右も左(あるいは相対する情報)も共に「恐怖」という概念をベースに、
右がなければ左が立たないという相互関係にあるそうです。
(なんとなく伝わるといいのですが。)

わたしはその両方から戦線離脱する方向で舵を切りたいと思ってます。
私にあるのは、目の前の景色や家族やコミュニティーです(引っ張られることもあるけどさ)。

毎日を淡々と。粛々と。
予防を欠かさずに。
先が見えないのはなんだけれど、わからなすぎるから、今にフォーカスするしかない。
そういう体験をできていることは貴重だなと思います。

移動できないというこの時間の中で、大切なことを取り戻し、気づけた気がします。
もちろん、世界中で外出できない人達や、いろんな生活環境下にある人の中では、私の今の生活環境は恵まれていると思います。
近い将来、手放さなければならないことになるかもしれないから今を大事に、と
足元をしっかり照らされた気分です。

この事態が早く収束することを願っています。









2020年3月25日水曜日

先週の金曜日までは学校もあった子ども達。
少しづつCOVID19の気配を感じてはいたけれど、まだ普通の金曜日だった。

それからの1週間は、
今までの当たり前がどんどん当たり前でなくなっていく大きな変化の連続で、
基本的には楽観的な性格のわたしも、日が立つに連れ不安や怖れに足元をすくわれそうになる。

3月24日の今日は、BC州は自主的なロックダウン状態。

今年の流行語大賞は間違いなく「Social Distancing」
自宅で過ごし、他人とは2m以上の距離を空けること。
今まで聞いたこともなかった言葉が、すっかり日常を支配している。

私達も先週の土曜日から家に引きこもり。
10日もずっと家にいるなんてこの家に引越してから初めて。
うちの父ちゃんは、先週は電話に耳と口が糊でくっついてしまったのではないかと言うほど、シリアスな電話をかけまくっている。

子供には、今だけだよ。また普通に戻るからね、と口では言いながら、
「今だけ」がどれくらいなのか誰もわからない。

子供は割に状況を理解して、テレビの時間は増えちゃってるけれど、でもスケージュールを作ってそれなりに規則正しく生活しているかな。

そんな中、おととい、息子が父ちゃんとボードゲームをしたいと言った。
父ちゃんも、電話と手と口がくっついているような日々で、
あんまり子供と関わってやれなかったので、「いいよ!」と言って、
さあ、いまやろうと思ったタイミングで、また仕事の大切な電話がかかってきた。

「この電話、でなくちゃだわ。ちょっと待ってな。」

息子は、その電話が少なくとも10分以上かかることはわかっていた。

電話と一緒に外に出た父ちゃんの姿を見つめながら、
まだかな、まだかな、と待つ息子。

案の定、10分、20分と時間が過ぎた時に、
窓の外を見つめる息子の背中が静かに揺れていることに気づいた。

声をかけると、声を殺して泣いている。

わかるよ。

息子は父ちゃんに待たされていることに対して泣いているのではない。

なんだかわけわからないまま、楽しみだった春休みが自宅に引きこもることになり、
近所の友だちが道路越しに見えるのに遊べない、
どこにも行かずに家か家の周りにいて、
父ちゃんと母ちゃんが絶えずシリアスな話をしている。

その中でもなんとか気持ちを保っていたけど、不安だったんだよね。

息子よ、私もずっと泣きたかった。
でも、毎日に追いついていくのが精一杯で、泣くタイミングがわからなかった。

泣くなら今だ!

だから、2人で泣いた。

ちょうど夕暮れ時で、海と空がとってもきれいだった。
頭のどっかで、泣くにはうってつけの景色だわ。と思いながら泣いた。

急に訪れた、ガラッと変わってしまった毎日に、
「頑張るぞ!」という気持ちだけではやっていけないことは、
きっとみんな同じだと思う。

だから、泣けるタイミングがあったら、一度思う存分泣きましょう。
1回でも2回でも。

多分、みなさんと同じ様に、私もいろんなことを考えてます。

地球がおやすみすることができてよかった、

こういう形だけど地球人が一丸となる世界を見せてもらってるな、

お金に依存する生活だったな、

家にずっと居ても割とあっという間に時間がすぎるのに、
今までどんだけ忙しかったんだ、

耐えられるのかな?、耐えるしかないんだな、

生まれ変わるなら人間界の面倒に巻き込まれない猫がいいな(笑)、とか

そして、

失ってもいいものと、失いたくないものが何なのか。
私にその覚悟はあるのかな?って。

毎日夢をみているようだから、まあ頭もちゃんと働いてないんだけれどね。

今は「なんとかなるっしょ」という気持ちの隙間に落ちている闇の扱い方がわからないけれど、これは実は、未来の人類や地球にとって光なのかもしれない。
それもこれも、子どもたちが大きくなった時、「あー大変だった!」と笑ってられる日が来るね。

BC州のコロナ対策がはじまって短いのになんだけど、
今のうちに一度、ずーんと落っこちといて、
あと数日は、また這い上がってくるために、心の元気をためようと思います。
きっかけをくれた息子に感謝です。

息子の涙を思い出すとまた泣けちゃうわ!






猫は気楽でいいよなあ〜
猫は気楽でいいよなあ〜